6.一緒に行こう
あれから実に十年ぶりの再会だ。
泣いてしまうのも当然だろう。
私はリクル君と一緒に噴水を背にして座り、今日までのことを話した。
「なるほどな……お前も大変だったんだな」
「うん……ビーストマスターにはなれたんだけど、中々上手くいかないね」
「周りが悪いな。ハッキリ言って、そいつらは馬鹿だ。頑張ってたお前を追放するなんて考えられない」
「あははは……そうだね」
誤魔化すように笑う私を、リクル君は訝しむ。
「怒らないのか?」
「……怒っても仕方がないからね。もう終わったことだから。今はそれより、これからどうするかを考えないと……」
「これからか」
「うん。そうだ。リクル君は今までどうしてたの? あれから会えなくなって心配してたんだよ!」
パッと見た感じ、とても元気そうで安心した。
あの頃は身長も同じくらいだったのに、今じゃ彼のほうがずっと高い。
改めて見ると、格好いいよね。
服装も地味に見えて整っていて、どこか高級感が漂う。
「いろいろあったんだよ。お前のいた国とは関係が悪くなって、外交すら難しくなった。だから会う機会も作れなかった……本当は、早く会いたいと思っていたんだけどな」
外交?
関係が悪化した国……そういえば私が今いるこの国がそうだった。
一時期話題になっていたことを思い出す。
彼はこの国の出身だったのか。
「お前がビーストマスターになったことは噂で聞いてたんだよ。ちゃんと言ってた通りなれたんだって嬉しかった。おめでとうとも言いたかった」
「そうなんだ……」
しんみりした空気が流れる。
私はビーストマスターになって、その地位を失った。
後悔はしていない。
けど、今となっては申しわけない。
リクル君に、立派に働いている姿を見せたかったなぁ。
「でも、辞めたんなら逆に好都合だ」
「え?」
「これから先どうするか悩んでるんだろ? だったらここで、俺の国のビーストマスターになってくれないか?」
目と目が合う。
夕日に照らされて、オレンジ色に光る髪がなびく。
彼は真剣だった。
「ありがとう。嬉しいけど、そういうのを決めるのは国の偉い人だから」
「だから問題ないんだって。俺がそうだから」
「……へ?」
「言ってなかったか? 俺の名前はリクル・イシュワルタ。この国の第一王子だ」
「だ……」
第一王子!?
「王子様だったの?」
「ああ。あの頃は父上について行ってたんだよ。じゃなきゃ他国の子供が宮廷に入れるわけないだろ?」
「た、確かに……?」
言われてみればそうだ。
相応の地位にいる人じゃないと不自然だったかもしれない。
驚きのあまり納得してしまった。
「え、ほ、本当に?」
「そうだよ。だから決める権利は俺にある。本音を言えば、ずっと前からそうなればいいなーとか、勝手に想像していたんだ」
彼は語る。
瞳を閉じて。
「この国は弱小だ。けどいつか、世界一の国って呼ばれるようにしたい。それが俺の夢……あの日、果たせなかった約束の答えだ」
「リクル君の夢……大きな夢!」
彼は頷く。
私たちは大人になった。
十年越しに、約束は果たされた。
「俺の夢には力がいる。もしよかったら、俺にお前の力を貸してほしい」
彼は立ち上がり、手を差し伸べる。
力強く、まっすぐに見つめて。
「その代わり、お前の居場所は俺が作る。不自由も、嫌な思いもさせない。俺がお前を幸せにすると誓おう!」
「リクル君……」
それはまるでプロポーズみたいな言葉だった。
私は、彼の瞳を見ながら思う。
この手を取ったら、私はまた宮廷で働く人間に戻る。
不安がないかと言われたら嘘になるだろう。
それでも――
「うん。よろしくお願いします」
彼の手を取った。
直感でしかないのだけど、彼と一緒にいることが幸せに繋がる。
そんな気がしたから。
◇◇◇
セルビアが追放された宮廷では、新体制による仕事が始まっていた。
ロシェルが指揮をとり、新人たちが王国で飼っている魔物の世話をする。
いつでも戦えるように訓練させることも仕事の一つだ。
宮廷調教師の仕事は決して楽ではない。
名誉ある仕事ゆえに、その重圧も計り知れなかった。
「皆さんしっかり働いてください。私たちの手に、この国の未来はかかっています」
彼らはいいチームだった。
集まって間もないのに、統率も取れていた。
ほころびはなかった。
「……ふっ、やっぱり私たちだけで問題ないわね」
「ロシェル」
「レイブン様!」
働いている彼女の様子を見に、レイブンがやってくる。
「順調かい?」
「はい!」
「そうかそうか。君は真面目で綺麗だし、彼女とは大違いだね。さーて、今頃どうしているかな?」
「心配ですね。どこかで倒れていたら、私たちの責任になってしまいそうで」
当然、二人は心配などしていない。
心の奥底では、どこかで野垂れ死んでいるのも悪くないと思っている。
だが決して下に見ているわけではなかった。
彼女が選ばれた者だからこその嫉妬、劣等感ゆえ。
だが……。
「た、大変ですロシェル様!」
「どうしたの?」
「魔物たちが急に暴れ出して、一斉に逃げ出してしまいました!」
「なんですって!」
その後、次々と連絡が届く。
魔物だけではない。
宮廷で管理している生き物たちが一斉に騒ぎ出し、同じ方角へ走り出した。
なんと半数が。
「は、半分……? まさか……」
そう。
逃げ出したのは、セルビアがテイムした生き物たち。
調教、召喚、憑依。
これらには魔力の総量や熟練度、才能によって大きく差が生まれる。
同じ力であっても、体現できる結果は異なる。
彼らは理解していなかった。
王国に飼われていた猛獣たちがなぜ大人しかったのか。
セルビアがいたからだ。
彼女の力が、凶暴かつ凶悪な存在を抑え込んでいたから。
本来、調教済みの生き物は人間に対して服従する。
しかし稀に、特定の人物の命令しか聞かない場合もある。
この結果が物語るもの。
それはすなわち、彼らが従っていたのはセルビア一人だけだったということ。
彼らが向かったのは、セルビアの痕跡が残る方角。
旅立った彼女の元へ帰るために。
「収拾がつきません!」
「そんな……」
「どうなっているんだ!」
これより、彼らは思い知らされることになる。
この国が……。
たった一人の大天才によって支えられていたという事実を。