5.昔馴染み
気づいてしまった。
いいや、気づいていたけど考えてこなかった。
孤児院にいた頃も、周りに仲間がいた。
宮廷で引き取られ教育を受けている時も、周りには怖い大人の人たちがいた。
働き始めてからもそうだ。
だけど今、私は本当の意味で一人きりになった。
この街にいる人は誰も、私のことなんて知らないだろう。
街の人たちをぼーっと眺める。
なんだか別世界の住人みたいな気分だ。
私一人だけ、世界から取り残されているような……。
このままじゃ本当に、私は孤独に押しつぶされて消えてしまいそうになる。
ちゃんと働いて、人と交流を持たないと。
本格的にどうするのか考えよう。
「やっぱり宮廷……うーん……」
「そこのお嬢さん、一人かい?」
「冒険者もやってみたら意外と……? でも知らない仕事にいきなりはきついよね」
「暇なら俺たちと遊ぼうぜ~」
なんだが外野がうるさいな。
今真剣に考えているんだから邪魔しないでほしい。
私は無視していた。
すると突然、男の一人が私の腕をつかむ。
「おい、無視してんじゃねーよ」
手首を力いっぱいに握られる。
痛みでようやく顔をあげ、囲まれていることに気が付いた。
ガラの悪そうな男たちが三人もいる。
「なんですか?」
「さっきから声かけてんだろうが」
「舐めてんのか? 無視しやがって」
「すみません。今考え事で忙しいんで邪魔しないでもらえませんか?」
私は手を振り解こうとする。
けど力強く掴まれていて離れない。
私は苛立つ。
「離してください」
「嫌だな。俺たちを無視した罰だ。痛い目みたくなけりゃいうこと聞いてもらうぜ」
「……はぁ」
もう面倒くさい。
見た目が非力な女だから侮っている?
残念だけど私は一般人じゃない。
知らないでしょ?
私がとある国で、なんと呼ばれていたか。
「【サモン】、シルフィー――」
「そこまでだ」
「な、ぐえ!」
私の手を掴んでいた男が吹き飛んだ。
顔を真っ赤に腫らして尻もちをつく。
どうやら殴られたらしい。
私の傍らに、白髪の男性が立つ。
ふと、どこか懐かしい空気を感じた。
「何しやがるて……あ……」
「まったく困った奴らだな。女性相手に手を上げるとは」
「あ、あんたは……」
男たちが怯えている?
彼の顔を見て。
とてもきれいな顔立ちで、私と変わらないくらい若い青年だった。
見た目は怖くないと思うけど……。
「これ以上やるなら、覚悟しろよ?」
「す、すみませんでしたぁ!」
男たちは逃げ出した。
よくわからないけど、助けてもらった?
「ありがとうございます」
「別に、俺が助けたのはお前じゃなくて、あいつらだよ」
「え?」
「召喚が使えるんだな。放っておいたら大惨事になっていただろ?」
気づいていたんだ。
私が召喚術を使おうとしたことに。
この声、どこかで聞いたような……。
「希少な才能を持ってるんだ。あんな奴ら相手に使うのは勿体……セルビア?」
「――?」
彼が口にしたのは、紛れもなく私の名前だった。
どうして?
この国は一度も訪れたことがない。
セントレイク王国からも二つ離れているから、知り合いなんていないはずなのに。
でも、やっぱり懐かしい。
声も、その綺麗な白い髪も……。
幼い日の記憶が蘇る。
「……リクル君?」
「やっぱり、セルビアじゃないか! どうしてこんな場所に……って、おい。何で泣いてるんだよ」
「へ? あ……あれ?」
無意識だった。
私の瞳からは涙が零れ落ちる。
独りぼっちになったことを理解した直後だったからだろう。
私を知っている、私が知っている人に出会えて、安心したんだ。
◇◇◇
リクル君と初めて出会ったのは、私が宮廷でお勉強を受けている合間だった。
まだ始めたばかりで先生も厳しくて、休憩時間は逃げ出すように一人で庭に駆け込んだ。
そこに彼はいた。
白い髪が綺麗で、とても印象的だった。
「誰?」
「お前こそ誰だよ」
「私、セルビア」
「俺はリクルって言うんだ。ここで何してるんだよ」
「お勉強だよ」
「お勉強?」
話をするようになって、自然と仲良くなった。
彼とはいつでも会えたわけじゃない。
何か月かに一度、彼は宮廷の庭へ来ていた。
どうやら外の国から来ているらしい。
どうして宮廷にいたのかは教えてくれなかったけど、彼と話している時間は楽しくて、辛いお勉強も忘れられた。
「凄いなセルビア! 将来はビーストマスターか」
「うん……でも、私にできるかな」
「やれるって! セルビアは真面目だし、きっと凄いビーストマスターになる!」
「本当?」
「ああ! 俺が保証してやる!」
彼は私の背中を押してくれた。
孤児院を出たばかりで不安だった私は、彼のお陰で頑張れた。
「俺にも将来なりたいものがあるんだ! お前に負けないくらいでっかい夢だぞ!」
「リクル君の夢? なに?」
「内緒! もう少し大きくなったら教えてやるよ」
「約束だよ!」
けど、その約束は果たされることはなかった。
その日を最後に、彼は一度も現れなかった。