4.さよなら故郷
その場で立ち止まった私は振り返り、何食わぬ顔で尋ねる。
「なんですか?」
「な、なんだその態度は……? 君は自分がどういう状況に置かれたかわかっているのか?」
「王都から、この国から追放されるのですよ?」
「はい。だから早く身支度をしようと思っているんですよ?」
二人とも唖然として、目を大きく見開きながら私を見つめる。
自分たちで仕組んでおいて何を驚いているのだろう?
婚約破棄を言い出したのはレイブン様だし、彼の新しい婚約者になったのはロシェルさんでしょ?
「二人ともどうしたんですか? もしかしてまだ何かあるんですか?」
「何かもないだろう。君は職を失ったんだ。もっと落ち込んだり、取り乱すはずだろう」
「あー……普通はそうかもしれませんね」
私は小さくため息をこぼす。
職を失う。
確かに辛いことだけど、私にとっては違う感覚がある。
失ったんじゃない。
私はやっと、解放されたんだ。
「レイブン様は知っていますか? 私だって人間なんですよ?」
「そ、それがどうした? 当り前のことを言って」
当り前だと思っているの?
「ロシェルさん知ってますか? ビーストマスターだからって、なんでもできるわけじゃないんですよ」
「もちろん理解しています。だから他にも宮廷調教師はいるのです」
本当に理解している?
二人とも知らないし、理解していない。
一日一時間睡眠。
一週間ずっと働き続けて、休日はあってないようなもの。
これが人間らしい生活?
人間に対する仕打ちだと言える?
ビーストマスターだって万能じゃない。
私は一人分の力しかないのだから、私が抱え込めるお仕事の量には限りがある。
でも、与えられる仕事は無尽蔵に増え続ける。
やってもやっても、前が見えないほどに。
肩書、地位、居場所、お金。
私はいろんなものに縛られてきた。
もうこりごりなんだ。
こんな場所でいくら必死に働いても、私は幸せにはなれない。
だから、出て行けと言ってもらえるなら、堂々とここを出よう。
「お二人とも頑張ってくださいね? これから、とても大変になると思います」
私が請け負っていた仕事が一気になだれ込む。
自分でもよく一人で回していたと思える量だ。
新しい人たちが潰れてしまわないか少し心配だけど、私にはもう関係ない。
私はもう、宮廷調教師じゃない。
この国の人間ですらなくなったんだから。
「さぁ、どこへ行こうかな」
新しい居場所を見つけよう。
この国を出て、新天地へ旅立とう。
そう思うと、少しワクワクしてくる。
◇◇◇
私は国を出た。
生まれ育った王国を、自分の足で旅立った。
名目は国外追放。
もう二度と、あの国に戻ることはない。
悲しい出来事のはずなのに、心と身体は軽やかだった。
「とりあえずお隣の国に行こうかな」
今まで仕事ばかりに縛られていた生活が、一気に開放的になった。
誰かに決められていた一日の予定。
今は私が好きにできる。
どこで何をするか。
何をしていたって怒られたりしない。
宮廷で働いていた頃の貯金もあるから、お金にも当分は困らないだろう。
追放されるから財産も没収されてしまうかと思ったら、案外そこは優しかった。
退職金だと思って有難く使わせてもらおう。
歩き出そうとした時、心地いい風が吹く。
と、最初は意気揚々と旅を楽しんだ。
次へ、次へと新しい街へ行き、のんびりとした時間を過ごす。
悪くはない。
仕事に追われる日々からも解放された。
ただ……。
「お金がなくなってきたなぁ……」
お金は働かないと増えない。
使えば減るばかりだ。
一か月も遊んで暮らしていたら、当然貯金もなくなってくる。
長らく抑圧されていた分、あまり先を気にせず遊び過ぎてしまった。
美味しいものをたくさん食べられて満足はしたけど、その分お金は心もとなくなった。
私がいま訪れているのは、生まれ故郷から北にある小さな国だ。
名前はノーストリア王国。
私が生まれたセントレイク王国に比べれば、国土も国力も半分以下。
世界的に見ても弱い国ではある。
ただ自然は豊かで、人々も伸び伸び暮らしているし、私は嫌いじゃない。
そろそろどこかで落ち着いて拠点を構えようと思っていた。
気に入ったし、この国でもいいかもしれない。
となれば……。
「お仕事探さなきゃ……」
私は街の中心にある噴水の横で腰を下ろす。
正直あまり気乗りしない。
働きたくない……というわけじゃなくて、どうしても脳裏に過るんだ。
また同じことにならないかな?
仕事をするなら得意なことがいい。
せっかく私はビーストマスターと呼ばれるだけの力があるんだし、やるなら調教師だろう。
いざ探すと、意外と働き口が少ないんだ。
魔物や聖霊、天使や悪魔。
人とは異なる存在を使役することで、国は強さを示している。
必然、仕事場も限られる。
やっぱり宮廷……もしくは冒険者かな。
宮廷はいわずもがな。
冒険者も噂で聞く限り、危険がいっぱいでとても大変だという。
できれば安全に、のんびり暮らしながら仕事がしたい。
それは……。
「贅沢、なのかな」
静かな時間が流れる。
夕暮れ時、お仕事帰りの人たちが歩いている。
誰も私には目もくれない。
知り合いなんていないから当然だけど、私は勝手に孤独感に苛まれる。
「ああ……私って……」
本当に今、独りぼっちなんだ。