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37.動き出す者

 定時報告書。

 現在ノーストリア王国の宮廷に潜入捜査中。

 対象との関係値を築き上げ、徐々に情報の抽出を進める。

 長期的な滞在が必要となる。


 短く簡潔にまとめられた報告書に目を通すのは、ウエスタン王国のビーストマスターであるイルミナだった。

 彼女は報告書をテーブルに置き、じっと見つめる。


「時間がかかってるみたいね」

 

 アトラスを送り込んで、すでに十日以上が経過していた。

 本来の予定では三日から五日間で終え、ウエスタンへ帰還するはずだった。

 相手はビーストマスターだ。

 相応の覚悟と慎重さが必要になることはわかっている。

 しかしそれを差し引いても、アトラスであれば容易に情報を入手できるとイルミナは考えていた。

 彼が契約している悪魔の能力なら、気づかれずに王城の奥深くに侵入することも容易だ。

 だからこそ彼を選んだ。

 勤勉で、能力があると見込んでいたから。


「……」


 だがしかし、その信頼に疑念が湧きだす。

 報告書はちゃんと届いている。

 内容もわずかではあるが進展していた。

 順調……そう見える。

 彼女が抱いている違和感は、ほとんど直感に近かった。

 疑う要素は今のところ薄い。

 それでも彼女は疑う。

 己が全ての彼女は、その感覚に従う。


「サモン――フラウロス」


 彼女が召喚したのは地獄の悪魔。

 七十二体存在すると言われている悪魔の柱の一本。

 現れたのは凶暴なヒョウの見た目をして、瞳は炎のように燃えている。

 この悪魔の能力は――


「フラウロス、この手紙に書いてあることは真実?」


 質問に必ず正しく答えること。

 それが本当であれば何もせず、嘘であれば瞳の炎が赤から青へと変化する。

 フラウロスの前では、どんな嘘もバレてしまう。

 たとえ手紙であっても。


 炎は揺らぎ、赤から一部が青く変化する。


「……そう」


 変化の意味は、真実と嘘の混在。

 全てが真実ではなく、全てが嘘でもない。

 フラウロスにわかるのは真偽のみ。

 細かい真意までは見抜くことはできない。

 しかし嘘が混ざっているという事実は発覚した。

 フラウロスは魔界へ戻る。


「嘘と真実……確かめるしかなさそうね」


 自分自身の目で。

 そう考えた彼女はおもむろに立ち上がる。

 ついに動き出す。

 もう一人のビーストマスターが。


  ◇◇◇


 予感、というより共感だろうか。

 そういうものがある。

 異なる存在と繋がる力を持っている影響だろうか。

 目に見えなくとも感じるものがある。

 遠く離れた地で、何かが起こっている。

 そんな夢を見て、目覚めた。


「……準備しなきゃ」


 いつものように朝の支度を済ませて仕事場へ向かう。

 変な夢を見たせいか、少しだけ気分が沈む。


「セルビア」

「リクル君」


 そんな私を彼は呼び止めた。

 廊下でバッタリ彼と出会うなんて久しぶりだ。

 ここのところ忙しそうで、あまり話す時間をとれなかったから嬉しい。


「今から仕事か」

「うん。リクル君も?」

「まぁな」

「忙しそうだね」

「お互い様だろ? そっちこそ、今日でイベントは終わりだ」


 今日まで……ああ、そうだった。

 私たちが開催している触れ合いのイベントも、今日が最終日になる。

 アトラスさんが加わったことで、イベント中のお世話がしやすくなった。

 その代わりにリクル君は仕事が増えたみたいだ。

 いつ大国が動き出すかわからない。

 今のうちに備えておかないと、いざという時に国民を守れない。

 彼はそう言って、夜遅くまで仕事をしている。


「無理しちゃだめだよ?」

「ははっ、そのセリフをお前に言われる日が来るなんてな」

「茶化さないで。心配してるんだから」

「ああ、わかってる」

 

 彼は優しく、嬉しそうに微笑む。


「ありがとな。セルビア」

「どういたしまして?」


 そう返すと彼は笑った。

 少しは元気になってくれただろうか?

 もう少し話していたい気分だったけど、お互いに仕事がある。

 名残惜しいけど、そろそろ行かなきゃ。


「イベントが終わったら色々話そう。俺もそれまでには終わらせておく」

「うん。ゆっくりしよう。一緒に」

「そうだな」


 一緒に話がしたい。

 そう思っていたのは私だけじゃなかったみたいだ。

 嬉しさを胸に、私は仕事場へ向かう。

 最後のイベントを成功させるために。


  ◇◇◇


 飼育場で生き物たちに餌やりをする。

 静かで大人しい生き物ばかりで、手もかからない。

 ここは本当に……。


「居心地がいいな」


 もうすぐ二週間になる。

 俺がこの国に来て、スパイだとバレて、まさか雇われることになるなんて夢にも思わなかった。

 けど、これでよかったと思っている。

 この国での生活は快適で、同僚も優しくて本当に満足だ。

 今さら地獄みたいなウエスタンの宮廷には戻りたくない。

 ただ……不安はあった。

 いつまでも彼女を、あの性悪女を騙し続けられるはずがない。

 いずれ必ず、俺の裏切りは露見する。

 そうなれば俺は……いや、この国の人間が危険だ。


「なんとかしなきゃな」


 俺だけの問題じゃない。

 イベントも今日で終わりらしいから、その後でリクル殿下や彼女にも相談しよう。

 一人で考えていても埒が明かない。

 そう、これが終わったら――


「ん?」


 ブーンと虫が飛ぶ。

 飼育場には糞も溜まる。

 虫がいるのは当然だが、今日はやけに多い。

 それも糞の周りよりも、俺の周りに集まっているような……。


「俺って臭いのか? だったらショック……いや」


 違う。

 こいつらはただのハエだ。

 彼女の手札には、あの魔王がいる。


「まさか!」


 彼は気づく。

 すでに悩むには遅すぎたことを。

 飼育場の生き物たちがざわつきだす。

 

 この時、王城の空には……召喚陣が展開されていた。

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