36.憑依者って何?
「後輩はポゼッシャーなんすよね?」
「そうですよ。前に教えたのにもう忘れたんですか? さすが先輩は細かいことを気にしませんね」
「そんな褒めても――褒めてないっすよね?」
「もちろん」
ムキーっと声をあげるリリンちゃん。
お馴染みになりつつあるやり取りを経て、リリンちゃんは再び尋ねる。
「ただ確認しただけっすよ。ウチは姉さんが入るまでポゼッシャーがいなかったすからね」
「ポゼッシャーは三つの適性の中でも異質だからね。珍しくはあるよ。現在の調べでは、世界にまだ三十人ほどしかいないという話もある」
ルイボス先輩がメガネをくいっと持ち上げて語る。
調教師の人口は千人弱。
そのうちの三十人となれば希少さがよくわかる。
そして三十人のうち三人は、私と同じビーストマスターだ。
「だからずっと聞いてみたかったんすよね。憑依ってどんな感覚なんすか?」
「感覚?」
「他人の魂が身体に入り込むんすよね? 普通に考えたら窮屈そうだなっと思ったっす」
「窮屈か……」
ぼそりと口にしながら、アトラスさんは私と視線を合わせる。
「彼女には聞かなかったんですか? 俺よりよっぽど知ってると思うけど」
「前に聞いたっすよ。けど」
「けど?」
リリンちゃんと話していたアトラスさんの視線が再びこちらに向く。
私は苦笑いをしながら答える。
「上手く答えられなかったんです。なんというか、あの感覚を言葉で表現するのが難しくて」
「ああ、なるほど。確かに難しいですね」
そう言って彼は頷く。
彼はポゼッシャーだから、私が言いたいことも感覚として理解できる。
私は元から説明が下手くそで、自分でも苦手な自覚がある。
その点、アトラスさんは上手そうな気がした。
「で、どうなんすか?」
「そうですね。身体の中に異物が入り込む、というイメージが強いでしょうけど、実際はそんなことなかったりしますね」
「そうなんすか? 自分じゃない意識とか力が入ってくるんすよ? 異物じゃないっすか」
「そこをうまく共存させるのが、俺たちポゼッシャーの力なんですよ」
アトラスさんは説明を始める。
ポゼッシャー、憑依使いの基本知識はこの場の全員が知っている。
異なる存在の意識、力を自身の肉体に憑依させる。
サモナーとの違いは、本体を呼び出すのではなく、あくまで魂を引き寄せるという点。
そして、召喚と憑依では対象が異なる。
人格を持っているか、否か。
その一点が、召喚と憑依を分ける最大の分岐点となる。
「天使、上位悪魔……姿形が俺たち人間に近い存在は人格を持っています。だから憑依させることができる。人格のない相手を憑依させようとしても適応できない。だから動物や魔物の意識を憑依させることはできません」
「それは知ってるっすよ。相性にもよるんすよね」
「そうですね。ただそれは魂同士の相性であって、力のみを憑依させる場合は関係ありませんが」
「力だけの憑依もできるんすか?」
これはあまり知られていない情報らしい。
リリンちゃんは驚いていた。
憑依可能なのは意識と力の二つ。
この二つは同時に憑依させるだけでなく、片方だけを憑依することもできる。
ただしこの場合、相手の同意が必要となるため、私たち単独の意志では実行できない。
召喚は召喚者が有利だけど、憑依は互いに対等なんだ。
「相手の同意さえあれば力のみの憑依が可能なんで、消費する魔力を大幅に削減できるんですよ」
「へぇ、そんな使い方もあるんすね。ちょっと見せてほしいっす」
「嫌ですよ」
「即答っすね! いいじゃないっすか! 先輩命令っすよ」
「尚更嫌ですね」
キッパリと拒否するアトラスさんに、リリンちゃんはムスッとする。
親に駄々をこねる子供みたいに。
「なんでっすか! 面倒だからっすか?」
「というより、ぽんぽん気軽に使えるものじゃないんですよ。そうでしょ? セルビアさん」
説明が面倒くさくなったのか、アトラスさんは話を私に振った。
どうぞお願いしますと、視線が言っている。
リリンちゃんも私に注目した。
私はこほんと軽く咳ばらいをして、彼の代わりに説明する。
「憑依は相手と対等な契約だから、信頼が重要なんだ。意味もなく呼び出すと、せっかく築いた信頼が崩れちゃうかもしれないの」
「そうなんすね。ってことは、あんま仲良くないんすね、後輩は」
「俺が契約してるのは悪魔の中でもそれなりの地位にいる相手なんですよ」
「へぇ……本当っすか?」
「煽ってもやらないですからね?」
「……チッ」
思いっきり舌打ちが聞こえた。
リリンちゃんは話を理解した上で見てみたいようだ。
今すぐは無理だけど、そのうち見せる機会はあるかもしれない。
「あーあ、使えない後輩っすね」
「どういう基準ですか。というか、ねだるなら俺じゃなくてもいいでしょ」
「姉さんにお願いするなんて失礼じゃないっすか」
「俺に対しても失礼だと思えよ」
いつも通り、楽し気な会話が部屋を満たす。
当たり前になった日常。
ずっと続けばいいと心の奥で思う。






