30.潜入捜査
空を見上げる。
王城の上空には、二匹の巨大な鳥が飛んでいる。
しかも人を乗せて。
知識のない人間が見れば、さぞ驚き腰を抜かす光景だろう。
「派手にやっているなー」
当然、俺は驚かない。
魔物が人を乗せて空を飛ぶなんて、これまで何度も見てきたからだ。
特に、この国にはビーストマスターがいるという。
調教、召喚、憑依。
人ならざる者たちを従えるスペシャリストが。
同じ道を行く者なら、誰もが知り、誰もが憧れる存在が。
この国にも……。
「さて、調査といきますか」
俺は軽快な足取りで階段を上る。
この長い階段は気に入らない。
どうして王城という建物は、街よりも高い場所にあるんだ?
どこの国もその点は変わらない。
王族の見栄か何かだろうけど、住む場所の高さでどんな優劣がつけられるというんだ。
平民上がりの俺にとって、彼らの感覚は共有しがたい。
こんな長くて面倒な階段を上るくらいなら、平民と同じ高さで住んだほうが便利だろう。
「はぁ……憂鬱だ」
ノーストリア王国の実情を潜入調査しろ……なんて、どうしてこんな面倒なことを俺がしなければいけないのか。
陛下からの命令だし、うちのビーストマスター様からも強く言われて逆らえないし。
本当なら今日は休みで、自堕落な生活ができていたのになぁ……。
「はぁ……」
考えるだけでため息が出る。
弱小国家だったノーストリアにビーストマスターが誕生した。
そのニュースは世界中を駆け巡った。
しかもその人物は、元セントレイク王国の宮廷調教師で、亡国の戦力の半数を引き抜いてしまったというじゃないか。
世界三大国家の一つが力を失い、代わりに小国が力をつけた。
確かに注目するだろう。
俺の国のように、世界三大国家に数えられている大国ならば当然だ。
「だからってこんな重要な任務を俺一人にやらせるなよ」
愚痴が零れる。
信頼してもらっている証拠なのだろう。
ただ、荷が重い。
俺は別に責任感は強くないし、愛国心もないし、仕事に対してやる気もない。
楽してお金がほしかったから宮廷入りした。
ビーストマスター様直轄の部下になれたまではよかったのに、そこからもう地獄みたいな日々で……。
嫉妬深くて性格が終わっているあの女の部下になったのが運の尽きだったな。
宮廷が高給取りじゃなかったら速攻逃げ出している。
「……ついちゃったよ」
この先は敵地……いや、もう敵地なんだけど。
ビーストマスターがここにいる。
そう思うと、どっと気疲れをしてしまう。
うちの性悪女と同じビーストマスターだ。
しかもこっちも女なんだろ?
まったくもって嫌な予感しかしない。
「……行くしかないか」
ここで帰るという選択肢もあった。
だがその場合、俺は二度とあの国には戻れない。
それどころか追われる身だ。
家じゃなくて、土に還る可能性だってある。
俺はまだ二十代前半だ。
こんな若さで死にたくはない。
腹をくくって、いざ敵の顔を拝みに行こうか。
俺は城門をくぐる。
持ち物検査はあるが問題ない。
俺はポゼッシャー、憑依使いだ。
危険物なんて持ち歩く必要がない。
なぜなら俺たち自身が危険物だから。
中へと侵入した。
予想以上に人が多い。
魔物とのふれあい会というわけのわからないイベントに、これほどの人数が集まるのか?
これもビーストマスターの存在が大きいのかもしれない。
さぁ、誰だ?
メガネの男に、ちっこい女。
どっちかが当たりか?
「さすがビーストマスター様ね」
「ええ、若いのにすごいわ」
二人とは異なる方向で話し声が聞こえる。
彼らの視線は上へ。
どうやらアルゲンに乗っていたのがそうらしい。
ちょうど降りてきた。
さっそく顔を拝むとしよう。
どんな性悪女か……。
「ゆっくり降りてくださいね」
「はい」
「……へぇ」
思ったよりも若い。
俺より年下か?
それにこの明るくてほんわかした雰囲気も予想外だ。
もっときついイメージの女が出てくると思っていたのに。
「普通に可愛いな」
割と好きなタイプかもしれない。
ちょっとテンションが上がる。
話しかけてみるか?
いやいや、俺は別にナンパしに来たわけじゃいんだ。
でも声はかけたほうがいいだろう。
これも調査、調査の一環。
「あの――」
近づいて声をかけようとした瞬間、恐ろしいほど鋭い視線を感じる。
しかも一つじゃない。
周囲から複数、さすような視線。
俺はビクッと震えて立ち止まる。
これは人間の視線じゃない。
「ま……」
魔物たちが俺を睨んでいる?
どうして?
俺、まだ何もしてないんだが?
まさかもうバレたのか?
俺が他国の間者で、彼女のことを探りに来たって。
「っ……」
俺はビビって後ずさる。
さすがにありえないと思いつつ、魔物たちには野生の勘が働く。
加えてここにいるのは彼女のテイムした魔物たちだろう。
本能的に俺が敵だと気付いた可能性はある。
「どうかされましたか?」
「あ、いや、特にぃ!?」
目の前にビーストマスター?
なんで俺の前に?
というかいつの間に近づかれたんだ。
「顔色が悪いようですが」
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いてしまっただけですから。こんなにも魔物が集まっているなんて信じられなくて」
「そうなんですか? でも……」
彼女はじっと俺を見つめる。
なんだ?
まさか……彼女は俺に興味があるのか。
それはそれで……ありだな。
「お兄さん、同業者さんですよね?」
「……へ?」
まさかのバレた?






