29.夢を叶えて
会場前がざわつく。
すでに多くの人たちが待ち望む。
今か今かと、城門前で。
「さぁ、準備はいいですか?」
「準備万端っす!」
「問題ないよ」
「――じゃあ始めましょう」
アナウンスが木霊して、城門が開かれる。
大勢の人々が押し寄せる。
リクル君が予想していたように、昨日よりも人の勢いが激しい。
城門を開いてたった数十秒で、会場は人で埋まってしまった。
「うおっ! めちゃくちゃ多いっすね! 昨日の倍は来てるんじゃないっすか?」
「倍はさすがに来ていないと思うが?」
「細かいっすね。そういうテンション下がること平気でいうからメガネなんすよ」
「メガネは視力が悪いからだ!」
リリンちゃんとルイボスさんの軽快なトークを耳にしながら、人の波ができる会場を観察する。
倍ではないにしろ、明らかに昨日より多い。
昨日も来てくれた人もちらほらいて、大半が新しいお客さんだ。
「本当に王城へ入れるのか」
「これだけでも来る価値があるな。しかし噂の魔物やビーストマスター様はいないのか?」
「これからじゃないのか」
どうやらいい噂は広まってくれたらしい。
噂を聞いた人たちが興味を持ち、こうして集まってくれた。
嬉しさを胸に、私たちは顔を見合わせ頷く。
「行きましょう」
「はいっす!」
「ああ」
私たちも会場へと入る。
昨日とは違った仲間たちを連れて。
会場に集まった人々の視線が一気に集まる。
「おお! あの方々がそうなのか」
「ビーストマスター様は女性だったはずだが、先頭を歩いている方がそうだろうか」
「間違いない。他の二人は以前に見たことがある」
魔物たちだけじゃなくて、それを従える私たちにも注目は集まる。
特に自分に視線が多く集まっていることを感じて、自然と背筋がピンと伸びる。
私は大きく息を吸い、肺の空気を一度全て吐き出す。
こうすると落ち着ける。
「会場にお集まりの皆様、本日はようこそお越しくださいました。ぜひ私たちの仲間と触れ合い、楽しい時間を過ごしてください!」
私の声が響いた後、三人で視線を合わせる。
リリンちゃんは右へ、ルイボスさんは左。
私はその場に残り、三か所で触れ合えるスペースを確保する。
今回はブラックウルフはいない。
代わりにアルゲンが私の隣でちょこんと座っている。
「気になる方はどうぞ前へ」
「お、大きいなこの鳥……」
「連れ去られたりしないかしら……」
ブラックウルフより大きく迫力があるせいか、私の周りに集まった人たちはビクビクしていた。
私はニコリと微笑み、アルゲンの羽を撫でながら伝える。
「大丈夫です。この子は特に大人しいですから、こうやって触っても怒りません。むしろほら、とっても気持ちよさそうです」
アルゲンは羽や顎辺りを撫でてあげることで、気持ちよさそうに目を細める。
動物も魔物も、気持ちよければうっとりする。
獰猛な猛禽類であっても変わらない。
「気持ちよさそう……」
「触ってみませんか?」
一番反応がよかった女性に声をかける。
私と同じ年代の方だろう。
撫でている私を見て、少しだけ羨ましそうにしていたから。
彼女は周りを確認して、自分でいいのかと確認するように、私と視線を合わせる。
「どうぞ」
「は、はい。じゃあ」
彼女はゆっくりと歩み寄る。
恐る恐るではあるけど、その表情は興味に溢れていた。
一度歩き出したら止まることなく、アルゲンに触れられる距離まで近づく。
「さ、触ってもいいんですか?」
「はい」
私はアルゲンの羽にトントンと触れる。
するとアルゲンは私の意志を感じ取り、頭を軽く下げてくれた。
彼女が触れやすいように。
そのしぐさを見て安心したのか、彼女は自分から手を伸ばし、アルゲンのフサフサな顎下に触れる。
「柔らかい、です!」
「気持ちいいんですよ。触ってる手も、触られているほうも」
アルゲンは目を細めていた。
その光景を見た人々から警戒心が薄れていくのを感じる。
「本当に大人しいんだな」
「魔物がこんなに近く……ちょっと感動だな」
続いて距離をとっていた多くの方々が前へと出てくる。
昨日と同じだ。
一人でも歩み寄れば安心してもらえる。
最初の一人さえいてくれたら。
「これだけ大きければ人を乗せて飛べそうだな」
「飛んでみますか?」
「えぇ!」
思い付きで口にしたであろう男性が驚く。
独り言だったのかもしれないけど、興味を持ってくれた発言は聞き逃さない。
私はニコリと微笑む。
「飛べますよ?」
「あ、いや……さすがに怖いな」
「それなら私が乗りたいです!」
そう言ってくれたのは、最初にアルゲンに触れた彼女だった。
もうすっかり警戒していない。
彼女の瞳からあふれるのは期待だけだ。
「ずっと夢だったんです。鳥に乗って空を飛ぶのが」
「そうだったんですね。じゃあさっそく、その夢を叶えちゃいましょう」
私はアルゲンに装備するサドルを用意する。
こんなこともあろうかと、あらかじめすぐ装着できるように準備しておいた。
サドルの装着にはアルゲンのほうから協力してくれる。
これを装着すれば飛んでもいいと学習しているから、むしろ乗り気だ。
「どうぞ跨ってください。サドルに持ち手があるのでしっかりつかまってくださいね」
「はい!」
とてもいい返事だ。
子供みたいにワクワクしてくれている。
期待に応えてあげらるように、私も一緒に飛ぼう。
私はもう一匹アルゲンを連れてきて、そちらにもサドルを付ける。
「私の後ろを飛んでね。ぐるっと上を一周するよ」
私は乗る前に、彼女が乗っているアルゲンにそう伝えた。
「それでわかるんですか?」
「はい。テイマーはテイムした相手とは、簡単な意思疎通ができるんです。じゃあ行きますよ。準備はいいですか?」
「は、はい!」
私もアルゲンに乗り込む。
それから三つ数えて、大空へ飛び立つ。
翼を広げ、軽やかに。
風を感じながら上昇していく。
「おお! 本当に飛んでいるぞ!」
地上の声がかすかに聞こえて、消えて行く。
もう人々の姿は豆粒みたいにしか見えない。
広大な景色と、一緒に飛ぶ私たちだけの世界だ。
「わあ……」
「どうですか? 夢が叶った感想は」
「……う、れしすぎて、言葉がでないです」
涙が風にのり、空を舞う。
心からの感動を間近で感じて、私の心も羽ばたきそうに騒いでいる。
誰かの夢を叶えられる。
自分の仕事に、誇りを感じて。






