21.平穏な日々
第二章開幕!!
「なぜ一人なのだ?」
「……」
「質問に答えろ、レイブン卿。なぜ一人で戻ってきた?」
「申し訳……ございません」
国に戻ったレイブンは、玉座の前に首を垂れる。
顔を上げず、ひざまずき、ただじっと待っていた。
「連れ戻すと、そう言っていたはずだが?」
「それが……拒否されてしまい」
「聞いていた話と相違があるようだな。お前は言ったはずだ。必ず連れ戻す。あの者もそれを望んでいるはずだと。違うか?」
「はい……」
それが憶測でしかなかったことが露見した。
返す言葉もなく、ただただ頭を下げる。
顔は上げられない。
今、国王の顔を見ればどうなるか……漠然とした恐怖がレイブンの心を曇らせる。
「すでに各国は動き始めている。我々も早急に準備しなければなららない。戦だ……数十年ぶりに大きな戦争が起こる。お前の責任で」
「も、申し訳ございま――」
「謝罪に何の意味がある? 私が求めているのは改善策だ。このままでは我が国は侵略される」
セントレイク王国は過去最大の窮地に立たされていた。
最大戦力の半数を消失し、ビーストマスターも不在。
その情報はすでに世界中に拡散された。
今こそ大国を攻め落とす時だと、敵対国家が同盟を組み戦の準備を進めている。
国だけではない。
抑圧されていた裏の組織も同時に動き出す。
ビーストマスターは蓋だ。
悪意が、敵意があふれ出ないようにするための強固な蓋だった。
それを失ったことで、すべての混沌が押し寄せる。
「もはや一刻の猶予もない。今すぐに戦力をかき集めよ。宮廷調教師にもそう伝令するのだ」
「は、はっ!」
「レイブン、戦になればお前が指揮をとれ。最前線でな」
「……承りました」
最前線での指揮、それはもっとも死に近い場所を指す。
暗に国王は言っていた。
責任をとり、命をかけろと。
逃げ出したい気持ちで溢れるレイブンだが、それは叶わない。
決して逃げ出すことなど、誰も許してはくれない。
◇◇◇
生き物たちのお世話をしている最中、リクル君が様子を見に来た。
今は餌やりも終わって、みんなで生き物たちの遊び相手をしてあげている。
この後は戦闘訓練もあるから、目いっぱい遊ばせてあげる。
「大丈夫かな?」
「今さら心配か? 故郷が」
「それは……少しくらい心配にはなるよ」
「だったら戻るか?」
「それはないかな」
きっぱりと断る。
戻りたいという気持ちは、もはや完全に消えてしまった。
この気持ちも、心配というより同情に近い。
浅はかなレイブン様の失敗に、多くの人たちが振り回されるのだから。
私もその一人として、可哀そうだなとは思う。
それでも今は他人事だ。
「それよりこっちをどうにかしないとな」
「そうだね……」
目下、私たちは大きな問題を抱えていた。
それは……。
「さすがに窮屈だもん」
増えすぎた魔物たちの住処だ。
例の一件で私がテイムした子たちがみんなこの国にやってきた。
セントレイク王国で見ていた子たち、その半数だ。
当然ながら、国としての規模が小さいノーストリア王国の王城に、彼らを住まわせるだけのスペースはない。
今は王城、宮廷、王都内の空き地など。
あるスペースに無理やり抑え込んでいる。
この子たちは優秀で大人しいから、人間を襲うことは絶対にない。
街の人たちも、ビーストマスターである私がそういうならと、快く信じてくれた。
「とはいえ長く放置できないだろ」
「うん。できるだけ早く解決しないと。新しい施設の建設の話は進んでるんだよね?」
「一応な。けどそんなすぐには建てられないぞ」
「わかってる。それまでは私たちが頑張るよ」
この子たちがストレスと感じないように。
定期的に場所を入れ替えて、遊べる時間も作ってあげなきゃ。
そういうケアも私たちの仕事だ。
「ならうってつけの話があるぞ」
「なに?」
「新しい仕事だ。本来は騎士団に来ている話だが、お前の力が役立つと思う」
リクル君から一枚の依頼書を手渡される。
中身を確認する。
内容を端的に表すなら、魔物退治の依頼だった。
王都近郊の森に、魔物が大量発生しているという。
元々野生動物が多く、魔物は少ない場所だった。
しかし最近になって魔物の数が増え、生態系に大きな影響を与えている。
加えてその森は王都から他の街への通り道になっていた。
これ以上魔物が増え続けると、通行者に被害がでてしまう。
早急に対応が必要、とされている。
「どうだ?」
「これに同行してほしいってこと?」
「そうだ。必要ならここの魔物たちも連れて行っていい。適当な運動にはなるんじゃないかと思って」
「うーん、どれくらいの規模かによるけど……そうだね。参加するよ」
ちょうどいい機会だ。
この国の中にどういう魔物が生息しているのか。
実際に見て確かめよう。
私はこの国に来て日が浅い。
知らなきゃいけないことがたくさんある。
「決まりだな。あとで騎士団長とも打ち合わせがある。それにも参加してもらうぞ」
「うん」
「じゃあまた後で連絡する。仕事頑張れよ」
「リクル君もね」
手を振り、彼は去っていく。
そうして私は仕事を再開する。
レイブン様が帰ってから、忙しい以外特に変化はない。
驚くほど平和で、静かだ。
国の外では今頃大変なことになっているかもしれないけど、私たちには関係ない。
私は今日も、明日も、平穏を満喫する。






