18.お帰りなさい
「どどど、どうするんすか先輩!」
「落ち着けリリン。こういう時こそ冷静になるんだ。焦りは周りの生き物まで伝わる」
「そ、そうは言っても数千っすよ? どう考えてもこっちの戦力足りてないじゃないっすか!」
「何とかするしかないだろう」
魔物の大行進の知らせは王城、宮廷に広められる。
一気に慌ただしくなり、武装した騎士たちが敷地を出て行く。
私たち宮廷調教師も戦場へ赴く必要があった。
「急すぎるっすよ。今までこんなこと一度もなかったのに」
「僕だって経験がない。だが、やるしかないんだ。僕らで王都を守らないと国民が危ない。僕たちはこの国を守るために宮廷に入ったんだ」
「そうっすけど……」
不安で仕方がないのだろう。
リリンちゃんを鼓舞するルイボスさんも、手足が震えている。
恐怖は彼らを慕うものたちにも伝わる。
飼育場がざわつきだす。
一部はすでに、魔物の接近を感じ取っているのだろう。
「そろそろ時間なので行きましょう」
「そ、そうですね」
「姉さんはなんでそんなに落ち着いてるんすか? 怖くないんすか?」
「大丈夫」
恐怖に震えるリリンちゃんの肩にそっと触れる。
私は精一杯、安心させる笑顔を見せる。
「この国を、みんなは私が守る。それが私の……ビーストマスターの役目だから」
私に与えられた役目の一つ、それこそが王国の守護。
かつて仕えた国で、私は何度も戦場に駆り出された。
恐怖はあった。
不安もあった。
それらすべてに打ち勝って、こうして私は生きている。
培われてきた経験が、覚悟が言っている。
私なら守れる。
「行こう」
◇◇◇
魔物が接近しているという報は、すでに王都中に広まっている。
大混乱となるのは必然だった。
しかし魔物はすぐそこまで迫っている。
逃げ出したくとも間に合わない。
だから国民は皆、私たちに賭けるしかなかった。
期待ではなく、切望している。
どうかこの国を、日常を守ってほしいと。
「本当にいいんだな?」
「うん」
私は最前線に立っている。
リクル君にお願いして、先陣を切る役割をさせてもらうことになった。
「魔物が相手なら私は有利に立ち回れるから」
「……確かにそうかもしれないが、相手は数千を超えている。無茶はするなよ」
「うん。ありがとう」
こんなにも心配そうな顔……初めて見る。
「大丈夫だよ。私これでも慣れてるから。もっと大変な場所に送りこまれたことだってあるんだよ?」
「……だからって、心配しない理由にはならないぞ」
「リクル君……」
リクル君くらいだよ。
そこまで私の身を案じてくれるのは。
「見ていて」
だからこそ全力で、彼を安心させてなきゃ。
私は黒石を握り閉めて、足元に向けて右手をかざす。
「皆さん下がってください!」
数は圧倒的に不利。
テイムした生き物もセントレイクに置いてきてしまった。
現時点で私が対抗しうるのは質だ。
魔物も統率が取れていなければ所詮ただの有象無象。
より強大な力には勝てない。
「【サモン】! グレータードラゴン!」
地面に展開された召喚陣から飛び出すのは、確認されている中で最大最強の飛竜種。
ドラゴンの長老。
黄金の鱗に身を纏いし姿は、まさに最強に相応しい。
「行くよ」
「お、おお! 人が……人がドラゴンに乗っている」
「あれがビーストマスターのお力か」
「セルビア……」
このままグレータードラゴンの背に乗って突っ込む。
群れの中心に移動したら、まずはテイム可能な魔物だけ味方につける。
残りはこの子で倒して、最終的にはすべて私の仲間にしてしまおう。
それが一番いい。
私にとっても、魔物たちにとっても、王国にとっても。
全てを手に入れることすら選択肢にできるのが、私たちの強みだ。
グレータードラゴンが空を飛び、群れに突っ込む。
戦う覚悟は充満して、一気にあふれ出そうになっていた。
だけど、私は違和感を覚える。
「……? 止まって!」
私は慌てて移動を中断する。
違和感。
というより、懐かしさ?
「ビーストマスター様が出陣されたぞ! 我々も続けぇ!」
「おおー!」
「待ってください!!」
後陣に届くほど大きな声で制止する。
「セルビア?」
「……やっぱりこの子たち……おろして」
グレータードラゴンに命令して、私は地面に着地する。
ドラゴンの前に、私は一人で出る。
「何してるんだセルビア!」
「大丈夫」
魔物の群れは接近する。
だけど戦いにはならない。
そう確信していた。
なぜならこの子たちは――
「敵じゃないよ。この子たちは、私に会いに来てくれたんだ」
私がセントレイク王国でテイムした魔物たちだった。
それに気づいたから私は無防備を晒せる。
魔物たちは迫り、そして止まる。
私の前で。
「私のことを探しに来てくれたの?」
彼らは静かに私を見つめる。
その視線が、そうだと伝えてくれる。
「そっか。また会えてうれしいよ。みんな」
吠える、鳴く、震える。
それぞれが歓喜を表現する。
この子たちは皆、私を探して後を追ってきただけなんだ。
戦うためじゃない。
きっと道中も、誰も襲っていないはずだ。
そういう風に、私が教えてきたから。
「セルビア……まさか、セントレイクの?」
「うん。私がテイムした子たちだよ」
リクル君がゆっくりと私の後ろに歩み寄る。
恐る恐る。
「リクル君、この子たちも王都で一緒に暮らせないかな?」
「……これは……大変なことになったな」
私はこの時、数が多いことが問題だと思っていた。
だけど、リクル君が懸念したことは別にある。
私の存在が、私がもたらす影響が、どれほど大きいものなのか。
私自身がまだわかっていなかった。






