16.勘違いしすぎ
「じゃあまたな」
「うん」
軽く談笑して、リクル君は去っていく。
ふと立ち止まり、振り返る。
彼は思い出したかのように口を開く。
「あ、そうだ。明日の夕方、父上が帰ってくるらしいから仕事を早めに切り上げて待っていてくれ。お前のことを父上に紹介したい」
「うん。わかった」
今度こそ、リクル君は去っていった。
小さく息を吐いて呼吸を整える。
リクル君のお父さん……つまり、この国の王様に会う。
さらっと話されたことだけど、私にとっては大きな出来事になりそうだ。
今から少し緊張する。
リクル君とは小さいころに顔を合わせているけど、国王陛下のことはあまり知らない。
顔すら見たことがない。
「ねぇリリンちゃん、陛下ってどんな――」
「姉さんついにっすよ! 殿下が陛下に紹介したいって! これってもう結婚前の挨拶っすよ!」
「けっ、結婚? なんでそうなるの? 普通に新しい働き手を紹介したいだけだよ」
「いやいやいや! 絶対それだけじゃないっすよ。乙女の勘がそう言ってるっす」
興奮してしまったリリンちゃんはペラペラと憶測を語る。
私が何度否定しても聞いてくれない。
本当は彼女に陛下のことを聞きたかったけど、この様子じゃまともなことが返ってきそうにない。
私は小さくため息をこぼす。
「明日かぁ」
リクル君のお父さんって、どんな人なのかな?
優しい人だといいな。
リクル君みたいに。
◇◇◇
翌日。
緊張している時こそ、時間は瞬く間に過ぎていく。
言われた通りに仕事を手早く終わらせ、私は一人で王座の間に向かう。
「き、緊張する……」
声に出てしまうほどに。
王座の間には、国のトップだけが座ることを許された椅子がある。
陛下との謁見に使われる部屋でもあって、入ることができる者は限られている。
セントレイク王国でビーストマスターの称号を授かる時、一度だけ訪れたことがあった。
国が違うから風景も異なるだろうけど、意味合いはあまり変わらない。
陛下と直接顔を合わせ、会話をするための場所だ。
「セルビア」
「リクル君! 待っていてくれたの?」
王座の間へ向かう途中に、リクル君がいた。
彼は私が来るのを待っていたようで、壁にもたれかかってこっちを見ている。
「そりゃな。俺がお前を紹介するんだ。一緒に行くに決まってるだろ?」
「それもそうだね。てっきりリクル君は先に中で待っているのかと思ってたよ」
「それでもよかったんだがな」
話しながら歩み寄る。
何かおかしかっただろうか。
彼はクスリと笑う。
「そんなガチガチに緊張してる奴を、一人で行かせるのは可哀そうだろ?」
「うっ……」
まったくその通りだった。
意地悪を言っているみたいな顔で、私を気遣ってくれたらしい。
嬉しいような、恥ずかしいような。
「行くぞ。父上が待ってる」
「う、うん」
ともかく、リクル君が隣にいてくれるおかげで多少緊張は和らいだ。
一人で扉を開けるよりずっといい。
王座の間はすぐ目の前。
仰々しい扉の先に、この国の王様が待っている。
「父上! 私です!」
リクル君も普段と一人称が違う。
神聖な場所だからか、いつもよりもぴしっとしている気がする。
私も自然と背筋が伸びる。
「リクルか」
中から低い男の人の声が聞こえた。
「入れ」
「わかりました」
許可を貰い、いよいよ中へ。
扉を開ける直前、リクル君は小声で、行くぞと言ってくれた。
私はこくりと頷く。
ゆっくりと、扉が開く。
「失礼します。父上」
玉座に座る一人の男性。
リクル君と同じ髪の色、目の色。
体つきがガッチリしていて、髭を生やし、瞳は鋭く私を見つめる。
自然と身体が強張ってしまう。
「君が、リクルが連れてきたビーストマスターか?」
「はい!」
私はすぐに膝をつき、頭を下げる。
「初めまして陛下、この度新しく宮廷調教師となりましたセルビアです! 国王陛下、こうしてお会いできて光栄にございます」
「うむ、顔をあげよ」
「はい」
こういう時、宮廷で教育を受けていてよかったと思う。
目上の方との接し方も、その時に教えてもらった。
平民上がりの私にとっては、宮廷で出会う人すべてが目上の人だったから。
こういう作法とか接し方は不可欠だったんだ。
私が顔を上げると、陛下と視線が合う。
表情は硬く、笑ってはいない。
しかし怒っているわけでもなさそうだった。
「若いな。歳はいくつだ?」
「十八歳です」
「そうか。リクルとは二歳差か。ちょうどいいだろう」
「……? はい」
何がちょうどいいのだろう。
陛下は真剣な顔つきで考えていらっしゃる。
続けて質問がくる。
「好きな食べ物は?」
「え……っと、甘いものなら大体は」
「趣味はなんだ?」
「趣味は……仕事ばかりだったのでそれ以外はあまり」
これは一体なんの時間ですか?
立て続けにくる質問が、どれもプライベートな内容ばかりで。
私は困惑しながらも質問に答えていく。
五つくらいの質問に答えたあたりだろうか。
「そうか。それで、二人はいつ結婚するのだ?」
「けっ――」
驚くべき質問が飛び出して、陛下の前なのに私はひどく驚いてしまった。
私の隣でリクル君が呆れている。
「父上……俺がいつ、そんなこといいましたか?」
「む? 違ったのか? てっきりそういう相手として連れてきたのかと思ったんだが」
「俺は嫁探しに行っていたわけじゃないですよ」
「そうか。早とちりだったか……少々残念だな」
陛下はあからさまにガッカリしていた。
その表情は、息子の成長に期待する父親そのものだった。






