15.運命の相手?
「さすがっすね姉さん! もう全部の子たちを覚えたんすか?」
「うん、大体は」
「結構数いたっすよね? しかも完全に懐いちゃってるし……」
餌やりの時間。
私の元に魔物や動物たちが集まってくる。
凶暴な子も、大人しい子も、恥ずかしがりやな子もいる。
個性豊かな仲間たちに囲まれて、私は今日も宮廷調教師として働く。
「ちょっと妬けちゃうっすよ」
「リリンちゃんのテイムが完璧だったからだよ。私がこんなにも早く馴染めたのは」
「そうっすかね~」
彼女はちらっと視線を向ける。
その先にいたのは、眼鏡を奪われて走り回るルイボスさんだった。
大鷲の魔物、グリムグレンに眼鏡を取られてしまったようだ。
「こらぁー! 僕のメガネを返せー!」
「何か月も経ってあの状態の人もいるっすけどねぇ」
「返してくれ! それがないとまともに前も見れない、ぐえ!」
「あ、転んだ」
「大丈夫なのかな?」
「大丈夫っすよ。いつものことなんで」
リリンちゃんのいう通り大丈夫だったらしい。
すぐに立ち上がってメガネを追いかけて行った。
ルイボスさんは魔物からもからかわれやすい雰囲気があるのかな?
懐いていないわけじゃなくて、友達だと思われているのだろう。
そうじゃなきゃ、今頃襲われてパクリだから。
「あれも一つのコミュニケーションだよ」
「一方的に遊ばれてるだけっすけどね」
「あははは……」
その点は否定できないな。
穏やかで平和な時間が過ぎていく。
新しい職場の環境は最高に心地いい。
仲間たちは親切で明るいし、ちゃんと休む時間も確保されている。
忙しいけど激務には程遠い。
要するに、私が求めていた理想の職場だ。
改めてリクル君には感謝しないといけないな。
「リクル君……今日も来ないのかな」
「殿下っすか?」
「あ、うん」
声に漏れてしまっていたらしい。
隣で餌やりをしていたリリンちゃんが反応した。
「王城でも最近見かけないなーと思って」
「忙しい方っすからね~ 今頃執務室で書類と睨めっこしてるっすよ」
「そっか。そうだよね」
私は彼がいるであろう方向を見つめる。
壁に阻まれて見えないけど、この先にきっとリクル君はいるのだろう。
彼は王子だった。
前に彼の執務室に入った時、テーブルの上に大量の書類が積まれていたことを思い出す。
私たちとは違う。
王子様だからこその忙しさがあるのだろう。
もし一歩も執務室から出られないほど忙しいなら……昔の私より大変かもしれないな。
少なくとも私には、一日中座って仕事をするなんて耐えられそうにない。
「ずっと気になってたんすけど、姉さんと殿下ってどんな関係なんすか?」
「え?」
唐突にリリンちゃんから質問が飛んでくる。
驚いた私は餌やりの手をぴくっと止めた。
「どんなって?」
「なんか妙に親し気っすよね?」
「そうかな?」
「そうっすよ! 殿下のことリクル君なんて呼ぶ人初めて見たっす」
それは当然だろう。
相手は一国の王子様なわけだし、普通はありえないよね。
自分でもわかっている。
特に今みたいに、他人から指摘されると余計にハッとなる。
「姉さんを突然連れて帰ってきたのもビックリしたっす。ホントどういう関係っすか? 誰にも言わないから教えてほしいっす!」
「何の話をしているんだい?」
「チッ、邪魔なメガネが来たっすね。ほい!」
「あ、僕のメガネに何をするんだー!」
リリンちゃんはルイボスさんのメガネを奪い上へ放り投げた。
それをグリムグレンが華麗にキャッチ。
追いかけっこを再開する。
「よし。これで邪魔者はいなくなったすね」
「す、すごいことするね……」
「そりゃー聞きたいっすからね。で、どんな感じなんすか?」
「ただの昔馴染みだよ」
別に隠すようなことでもない。
リクル君と初めて出会った日のことをリリンちゃんに語った。
仕事もあるから短めに、わかりやすくまとめて。
所々端折ったけど意味は伝わるはずだ。
「――で、十年ぶりに再会したわけっすか」
「そういうことだよ。あの時はビックリしたなぁ。まさかリクル君が王子様だったなんて知らなかったし」
「……」
「リリンちゃん?」
話を聞き終わった彼女は俯いてしまった。
わずかに震えている気がする。
笑っている?
それとも何か気に障った?
「なんすかそれ……」
「え……っと?」
「そんなのもう運命の相手じゃないっすか!」
「わっ! び、ビックリしたぁ」
急に俯いていた顔をあげて、鼓膜が破れそうなくらい大きな声を出された。
周りの子たちも驚いて飛び上がったよ。
とりあえず怒っているわけじゃなかったからよかった。
「初めての出会いも偶然で、再会も偶然! しかもお互いに会いたいと思っていたわけっすよね?」
「う、うん」
ぐいぐい顔を近づけて聞いてくる。
興奮しているのか呼吸も荒い。
「まっさに運命! 二人の出会いは運命で決まっていたんすよ!」
「そ、そうなのかな?」
「間違いないっす! 乙女の勘が告げてるっす! 姉さんこそそういうの感じなかったんすか? 姉さんが一人で寂しい思いをしてる時に現れたんすよ!」
「そう、だね……」
運命……か。
考えたこともなかったけど、言われてみればそうなのかも?
会いたかった思いはお互いにあって、私が辛いときに彼は目の前に現れた。
その手を取って連れてきてもらった場所で、私はこうして新しい日々を送っている。
もし、これが運命だとすれば……。
「感謝しないといけないな」
「誰にだ?」
「それはもちろん――ってリクル君?」
「殿下!?」
いつの間にか私たちの背後にリクル君が立っていた。
二人して思わずたじろぐ。
「そんなに驚かなくても……」
「急だったから。お仕事中じゃなかったの?」
「一段落したから様子を見に来たんだ。上手くやれてるか?」
「うん。おかげさまで」
「そうか。ならよかった」
そう言って彼は笑う。
私は彼の瞳をじっと見つめる。
運命……。
もし本当に、この出会いが運命だとしたら……。
私たちはこれから――
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
今はまだ深く考えなくてもいい。
いずれきっと、考えたいと思える時が来るはずだから。






