14.動物のお世話って楽しいね
さっそくお仕事の時間だ。
ひとえに宮廷調教師と言っても、適性の有無によってやれることは限られる。
私のように三つすべての適性があればなんでもできるけど、そうでない人のほうが大半だ。
ただ、宮廷での仕事は共通している。
「それじゃさっそく世話をしに行きましょうか? ちょうど朝の餌やりの時間です」
「うっす!」
「はい」
この部屋は隣の飼育場へ直接つながっている。
入り口とは違う鉄の扉を開けると、そこは広々としたドーム状の建物の中。
普通の動物から凶暴な魔物まで、たくさんの生き物でごった返している。
「やっぱり魔物が多いですね」
「そうっすね。魔物が一番役立ちますから。戦闘、護衛、荷物持ち、素材集め……懐いてくれたらいい子たちばっかりっすね」
私たちが中に入ると、一斉にこちらを向いた。
獰猛な魔物がギロっとにらんでいる……ように見えてそうじゃない。
ただ確認しただけだ。
襲ってくることもなく、気にせずのんびりする個体がいれば、餌の時間を察して駆け寄ってくる子もいる。
この辺りは犬や猫といったペットと大差ない。
懐いてしまえば、種族の差なんて私たち調教師にとっては些細なことだ。
「餌やり順番にお願いするっす!」
「わかりました」
与える餌も種類によってバラバラだ。
肉食、草食、雑食。
中には血を好んで飲む吸血タイプの魔物もいる。
こういう時は先に、腐ってしまいやすい生肉から与えるのがセオリーだ。
私は生肉の入った台車を引っ張り移動する。
ぱっと目についたのはサラマンダーだった。
火を吐く巨大なトカゲで、火山や渓谷に生息している魔物の一種。
きわめて凶暴で人間をよく捕食する。
「あ、言い忘れてたっすけど中には凶暴な子もいるっすからね? たとえばサラマンダーとか特に――って、えぇ!」
「え、ど、どうしたんですか?」
サラマンダーに餌を与えていたら、後ろからリリンさんの声がしてビクッと反応する。
危うく撫でている手がサラマンダーの目に入ってしまうところだった。
サラマンダーも驚いて食べるのをやめてしまっている。
「ごめんね? 食べていいよ」
というと、言葉を理解したように食べ始める。
人間とは異なる生物。
言葉はわからないけど、テイマーの才能を持つ人間であれば、簡単な意思疎通は可能となる。
「まじっすか……この子すっごい凶暴で、ウチ以外には触らせてくれないんすよ」
「そうだったんですか?」
「そうっすよ。他の人が触ろうとすると高熱を発して火傷させるんす」
「サラマンダーの防衛反応だね」
話しながらすりすり触る。
サラマンダーの鱗はほんのり温かくて気持ちいい。
警戒されていなければ火傷もしない。
「初めてっすよ。こんなに安心して食べてるの」
「いい子だね」
「なんかお母さんの前みたいっすね……これもビーストマスターの威厳っすか!」
「そういうのとは違うと思いますよ。この子をテイムしたのはリリンさんですよね?」
「わかるんすか?」
「もちろん。触れた時にリリンさんの魔力を感じたので」
テイムした生物には、テイムを成功させた人間の魔力が混ざる。
その微かな力を、同じ力を持つものなら感じ取れる場合がある。
「この子がリリンさんにしか懐かないのは、きっとリリンさんがテイマーとして優秀だからです。この子たちにはわかるんですよ。この人は他の人と違うって」
「……」
「リリンさん?」
「あ、すみませんっす。なんか感動してました」
感動?
ぼーっと私を見ていたから何かと思ったら、思わぬ一言が飛び出した。
彼女は嬉しそうに笑いながら言う。
「ウチ、あんま褒められたことなくて、周りにもウチがやってること理解できる人がいなかったんすけど。ビーストマスターに褒められるなんて、一生の自慢っすよ!」
「大袈裟ですよ」
「そんなことないっす! この子も、姉さんの前だから安心してるんすよ。姉さんが言ったんじゃないっすか。この子たちにはわかるんだって。そういうことっすよ」
別に、自分がそうだからと言いたかったわけじゃないのだけど。
「ありがとうございます」
「こっちのセリフっすよ。それから無理してウチに敬語とか使わなくていいっすよ? ウチも苦手でこんな話しかただし、メガネ先輩もあれで懐広いから許してくれるっす。いいひとっすよ」
彼女はニコッと微笑む。
それを本人に言ってあげれば……と密かに思う。
そういうことならお言葉に甘えよう。
「リリンちゃん、でいいかな?」
「もちろんっす!」
「ありがとう。リリンちゃんとルイボスさんの二人で管理してるんだよね? ここの生き物全部」
「そうっすよ!」
飼育場にはたくさんの生き物がいる。
数は簡単には数えられない。
それほどの生き物たちを、たった二人で面倒を見ている。
「大変だったでしょ?」
「そうっすね。楽ではなかったすけど、ウチは好きなんすよ。動物の世話しているの」
そう言いながら彼女はグリフォンに餌をあげている。
グリフォンも野生では凶暴だ。
しっかり彼女に懐いているから、彼女の手から直接餌を食べている。
「可愛いっすよね。動物って、魔物もこうしてみると。あんま理解されないっすけど」
「ううん、わかるよ」
「本当っすか?」
「うん。だって私もテイマーだから」
彼女の気持ちはわかる。
どんな生き物にもよさがあり、個性があり、魅力がある。
魔物だって凶暴さを取り除けば、愛らしい姿を見せてくれる。
私たちはそれを知っている。
ううん、私たちだけが知っている。
「こんなに懐いてくれるのも、私たちの特権だね」
「そうっすね!」
これも一つのやりがいか。
私は、忘れていた感覚を思い出す。
生き物に囲まれる幸せを、私はずっと感じていたはずなんだ。






