11.予期せぬ事態
通常、テイムした生物の所有権はテイマーにある。
彼らは自分を手懐けた主に従い、主の命令を遂行する。
と同時に、主の仲間や同種族に対しては仲間意識を持つため、仮に無関係な一般人が目の前に現れようと襲うことはない。
初対面でも簡単な命令なら聞いてくれる。
時間をかけてお世話をすれば、テイムした本人以外にも懐く。
そこがテイムの利点でもある。
ただし、例外は存在する。
テイムした本人と、他者との力量に大きな差がある場合。
たとえ同じ人間であっても、主以外の命令に耳を傾けない。
「だ、ダメです! まったく命令を聞きません」
「なんてことだ……」
「……」
王都から外へ、盛大な生き物たちの大移動は今後語り継がれることになるだろう。
国を象徴する兵力が一気に喪失した。
この噂は瞬く間に王都中に、さらには国外にまで広まってしまう。
大国セントレイクで生物たちの大脱走が発生。
ビーストマスターは何をしているのか、と。
◇◇◇
「……確認できた限りですが、王都で管理していた生物の半数がいなくなりました。どこへ向かったかは現在調査中です」
「……」
レイブンは陛下の前で説明を終える。
頭を下げ、顔を見合わせない。
否、恐ろしくて顔を上げられないのだ。
たとえ顔を見なくとも、陛下が怒っていることなど容易にわかるから。
「なぜだ?」
「……」
「どうしてこうなったのかと聞いている!」
「っ、申し訳ありません」
陛下に理由を尋ねられたなら、彼は謝罪することしかできなかった。
なぜなら理由は明白だったから。
彼女だ。
セルビアを国外追放したことで、彼女の管理下にあった生物たちが逃げ出した。
おそらくは彼女の後を追って。
この状況の理由など他に考えられない。
たが、それを口にすることはできなかった。
彼女を国外へ追い出すように仕向けたのは、何を隠そうレイブンだったから。
ロシェルと婚約し、国内で調教師の才能を持つ者たちを集め、陛下にセルビアが不要になったことを進言したのは……。
「レイブン卿、そなたは言ったな? もうあの平民は必要ないと。ここから先は自分にまかせてほしいと」
「……」
「質問に応えよ」
「はっ! そう……お伝えしました」
「その結果がこれか?」
レイブンは唇をかみしめる。
返す言葉もなかった。
ビーストマスターの存在、生物の数はそのまま国力に直結する。
半数を失ったということはつまり、国が半分の力を失ってしまったことを意味する。
大国として君臨していたセントレイク王国の地位が危うい。
その事態を招いたのは、紛れもなくレイブンだった。
「どうするつもりだ?」
「な、なんとかいたします」
「具体的に申してみよ。この状況、長くは続かない。すでに隣国には伝わったはずだ。敵対国家の耳に入ればどうなるか。そなたにもわかるだろう?」
「……」
これまでセントレイク王国は、あらゆる状況に対して有利に立ち回ることができた。
貿易、戦争、人的交渉。
そのすべてにおいて、主導権を握ることが可能だったのは、ビーストマスターの存在が大きい。
下手に喧嘩を売れば自分たちが危ないと知らしめられていた。
しかし今、その力はない。
今までにらみ合い、抑え込んでいた敵対国家が動き出す。
つまりは、戦争が起こる。
力を失った大国など恐れはしない。
瞬く間に戦火に巻き込まれることになるだろう。
「ことは一刻を争う事態だ。そなたの行動如何で、国の未来が関わる。希望的観測ではない。より確実な対応を提示せよ」
「……彼女を、連れ戻します」
「セルビアか」
「はい。お、おそらく脱走したのは彼女が管理していた生物です。彼女が戻ってくれば、共に生物たちも戻るはずです」
レイブンは声を震わせながら進言する。
具体的な策と言われたら、もうそれしか考えられない。
他にビーストマスターを用意することなど不可能。
ならば彼女を引き戻す。
それしかない。
「行方はわかるのか?」
「生物たちが向かった方角かと……」
「すでに国外へは出ているはずだ。探せたとして、どうやって連れ戻すつもりだ?」
「か、彼女も戻れるならそうしたいと考えているはずです。ビーストマスターの称号は、調教師にとって最大の名誉。それを取り戻せるなら喜んで宮廷に戻るでしょう」
と、必死に説明しながら内心では焦っていた。
そんなことはない。
彼女が称号に固執していないことも、追放されることを喜んでいたこともレイブンは知っている。
仮に戻れと言われて、彼女が戻ってくるだろうか?
可能性は薄い。
もし仮に、他国がすでに彼女を取り込んでいたら?
その場合はより困難となる。
しかし彼には選択肢がなかった。
「時間はない。最低でも一月以内には解決せよ。でなければ……わかっているな?」
「はっ! 必ず連れ戻してみせます」
できなければ自分の身が危ない。
否、国の存続すら危うい。
もしこの国が他国に蹂躙されれば、その原因のほとんどは彼にある。
失敗は許されない。
王座の間から出てきたレイブンは、唇を噛みしめながら決意する。
「……セルビア」
彼女を連れ戻す。
なんとしても。
どんな方法を使ってでも。






