第4話「ベルエガ戦争2」
神聖歴1222年7月6日 ベルー王国王都ベギルガ
ベルー王国王都ベギルガは海に隣接した湾港都市である。人口数万人を誇る同国最大にして唯一の大都市であり、湾港都市と言う事から流通の要となっている。ベルー王国内で最初に起きる文化は全てここから始まっていると言われる程重要な都市であった。
それ故に、この都市にいた誰もがこの日の事を忘れないだろう。2000ミルを優に超え、鉄で覆われた巨大な船団。自分たちの見慣れたガレー船を軽く上回る速力。しかも帆もオールもないのに、である。
「これほどか……!」
「何と……!」
その船団は王城からでも確認できる。平地に建つベギルガの中で最も高い王城からは町からよりもよく確認できた。そして、それを見るのが知識を持たない一般人ではなく大なり小なり軍事の知識を持つこの国の運営者達である。彼の船がどれほど異常かは一目で理解できた。
「陛下……。神聖ヨーロッパ帝国とはこれ程のものを作り上げる国家と思われます。我らでは太刀打ちは出来ません……」
「そうか……」
脂汗を流しながら現実を話すエルヴァンにアルーベル6世も理解していたが故に返事は淡泊だがその表情には諦めすら浮かんでいた。
「彼らは我に一体何を求めるのだ……?」
「まさか属国になれとは言わないよな?」
「可能性はあるぞ。どちらにしろ我らは彼の国の要求を断る事は出来ない。そうなれば我らは滅びるぞ……!」
アーシア公国等これほどの物を見れば強大な敵とは言えない。もしかしたら南部の彼の大国すら超えているのではないか? そんな感情が彼らを支配する中、船団から一隻の小型船がこちらに向かってくる。こちらも帆もオールもないが船団以上の速度で以て岸に向かってくる。
「……あれが使者か。皆の者、手早く準備をせよ。少しでも待たせて彼らの機嫌をそこん練る事がないようにな」
「っ! はっ!」
アルーベル6世の言葉に即座にハッとして誰もが準備に取り掛かる。慌てて動き回る彼らを背にアルーベル6世は船団を眺める。
「彼らは一体我らの敵か、それとも味方なのか。いや、それは我らの態度次第であろうな……」
王城内に存在する謁見の間。大分裂以前には様々な貴族や他国の使節団が王に謁見していたこの場所も今ではほとんど使われる事はなかった。しかし、何時使う事になっても良い様に掃除や手入れはしっかりとされている為に直ぐに神聖ヨーロッパ帝国の使者はここに通された。本来、他国の使者が直ぐに国王と会えることはないが今回は事態が事態である。少しでも待たせて印象を悪くさせる事は避けたかった。
「初めましてアルーベル陛下。私は神聖ヨーロッパ帝国から参りましたモーリス・ド・コルベルと申します」
「ベルー王国国王アルーベル6世だ。使者殿、態々我が国まで足を運んでくれ感謝しよう」
国王としての威厳は残しつつも相手を気遣う姿勢を見せるアルーベル6世。船団だけ見てもどちらが格上であるかは一目瞭然であった。そんなアルーベル6世にモーリスは笑みを浮かべたまま話し始める。
「今回伺ったのは我が国と国交を結んでほしいという事と貴国が現在抱えている領土問題に関してですね」
「っ!?」
知られている。それはつまりここに訪れるまでにベルー王国、アーシア公国の情報を少なからず手に入れているという事であり、決して突然訪れた訳ではないと理解できた。神聖ヨーロッパ帝国は全ての準備を終えて万全の状態でここに来ていると。
「(我らがアーシア公国と泥沼の争いを続けている間に他国は着々と力を付けていく、か……)それは願ってもない申し出だ。我が国としても友好国が増えるのは嬉しい事だ。しかし、我が国が抱えている領土問題とはベルエガ群島の事で相違ないな?」
「その通りです。我が皇帝カイザー・ヴィルヘルム陛下は貴国の為に兵を貸しても良いと仰られています」
「……」
それが事実であればベルー王国はアーシア公国に勝利できる。神聖ヨーロッパ帝国と交流のある商人たちが大陸一つを領土としていると噂しているのを聞いていたアルーベル6世は少なくとも両国よりも高い軍事力を有していると予測した。
「(だが、その見返りがどれほどのものになるのか……。それ以前に何故介入という形をとる? 横から奪ってしまえばいいものを……)使者殿、それは有難い申し出だがその場合、我が国に求める物とはなんだろうか? 我が国もお礼はするつもりではあるが何分出来ることは少ない」
「陛下が心配になるのも無理はありません。ですがご安心ください。我らが望むものはこちらに記してあります。ああ、勿論ダルクルス大陸の言語で書かれていますのでご安心ください」
不思議な事にこの世界では言語が自動的に翻訳される。それが大陸転移の際に混乱を産まないようにと言う配慮なのかこの世界特有の現象なのかは分からない。しかし、あくまで言語のみが翻訳されるために文字に関しては全く異なっていた。それゆえに言葉は通じても文字は分からないというのがこの世界では一般的に起こっていた。
その事を半年の間に理解していた神聖ヨーロッパ帝国は予めダルクルス文字を解読。神聖ヨーロッパ帝国で用いられるラテン語と共に詳しい見返りを記していた。
1つ。ベルー王国は神聖ヨーロッパ帝国と同じ貨幣を導入する
1つ。ベルー王国はベルエガ群島に神聖ヨーロッパ帝国軍の駐留基地建設を認める
1つ。ベルー王国は神聖ヨーロッパ帝国の商品に対する関税自主権を放棄する
「こ、これは……!」
もしこれが認められればベルー王国は神聖ヨーロッパ帝国の経済的植民地となるだろう。それがどうなるのかはアルーベル6世を始めこの場の誰もが理解できた。神聖ヨーロッパ帝国が求めているのは、アーシア公国との戦争を終わらせて我が国の配下に降れ。と言っているのである。
「……使者殿は、これがどのようなものか分かっているのか?」
「勿論です。無論、あなた方が認められないという気持ちも分かっているので無理強いはしません」
「……その場合はアーシア公国につくということか?」
「さぁ? ですが我らは別にあなた方がいなくとも問題ないという事だけは覚えていただきたい。これはカイザー・ヴィルヘルムよりいただいたご慈悲ですよ」
モーリスの言葉にアルーベル6世は悩む。いきなりの従属は予測していたが求められている事が経済に関する事ばかりであり、その結果として向かう先がどうなるのか理解が出来なかった。ダルクルス大陸では間接統治という統治システムが存在しなかった為にこれがどういった効果を持つのかを知るには知識が足りなさ過ぎたのだ。
しかし、元々予測されていた事であり今更驚く事ではない。アルーベル6世を始め誰もが悔しいが仕方がないという気持ちでいっぱいだった。
「……神聖ヨーロッパ帝国はベルエガ群島奪還の為にどれだけの兵を出せるのだ?」
「陛下。私はベルエガ群島を奪還するだけとは言っていませんよ?」
「っ!」
モーリスの言葉が何を意味すのか? それを理解したアルーベル6世の顔は見開かれる。モーリスはにやりとあくどい笑みを浮かべた。
「アーシア公国は独立した事を後悔し、再びあなた方のもとに合流する事でしょう」
後日、正式に神聖ヨーロッパ帝国とベルー王国の間で国交が締結されると同時に軍を出す見返りとして神聖ヨーロッパ帝国の貨幣の導入を宣言した。国王の宣言にベルー王国では不満の声が上がるが神聖ヨーロッパ帝国の艦隊が砲艦外交とばかりに汽笛や空砲を放つとその声は自然と消えていった。
こうして神聖ヨーロッパ帝国は介入の準備を整え、アーシア公国を滅ぼすために軍事侵攻を開始するのだった。