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黒い祭りシリーズ

親族設計図

作者: こーひーめーかー

 空をぼーっと眺めていた時、ついスマホの電源を入れてしまった。


 慣れない平日の夜空の下で、時間を恐ろしく長く感じているうちに、なぜ電源を切っていたのかを忘れていたからだと思う。


 さらにその時、間が悪く、母から電話がかかってきた。

 しまったと思い再び電源を落とす。


 いっその事、このベンチの下にスマホを置いていってしまおう。

 布でくるみ、ヘアゴムを巻き付け、草の隙に差し込む。


 さて、何処へ行こうか。


 夏が過ぎ去って、少し肌寒くなってくる時期、私にはこれといって行く宛が無い。


 友達の家に厄介になる事も考えたが、そこまで親密なクラスメイトはいない。


 親戚にも頼りになる人は思いつかない。

 何より彼らの家に女子一人で行くなんて恐ろしくてできっこない。

 それなら野外の方が安全だろう。


 鬱蒼と考え込む私は、じわじわと後悔に蝕まれる。

 あぁどうしてこんな事になったのだろう。

 せめて食べ物やら、飲み物やらをもう少し持ってくれば良かった。


 気付けば私は、ベンチからそう離れていない所で座り込んでいた。



 この公園には滑り台があり、ブランコがあり、砂場がある。

 昔によく遊んだものばかりで、懐かしさを感じざるを得ない。が、夜中になるとその見え方も変わってくる。


 底の厚いブーツで歩き回っていると、砂場の中央に、放ったらかしになった遊び道具に目が向いた。


 もし私がこんな事をすれば、母は厳しく叱責しただろうな。


 その遊び道具の中には、布のように分厚い画用紙が置いてあった。

 子供の描いた絵だろうか。


 お母さんやら、お父さんやらと文字が沢山書いてある。

 隅には可愛らしいイラストが施され、この家族の温かみが感じられる。


 私は魔が差したのだと思う。


 画用紙に描かれた『女の子』と『その子のお母さん』が手を繋いでいる箇所に、持っていたアイラインペンでバツを書いたのだ。


 何となく『女の子』が私に、『お母さん』が母親に見えたのだ。


 持ち主が見つけたら嫌な気持ちになるかもしれない。

 私は画用紙をその場に残さず、ただでさえ小さいバックの中に折りたたんで詰めた。



 結局ベンチの所まで戻り、昨晩はそこで眠りについた。

 首と腰を痛め、とても良い寝起きとは言えない。


 ふと携帯を触ろうとした。

 習慣とは恐ろしいものだ。


 ベンチの下に置いた事を思い出し、ヘアゴムを解き、スマホの電源を入れる。


 多少頭が冷えたのか、私は母から電話がかかってきても構わないと思っていた。


 しかし、身構えたものの、その時は母から電話はかかってこなかった。

 それでも着信拒否の通知がおびただしい量となっていて、彼女の心配度合いが伺えた。


 時刻は6時前。

 流石にもう帰ろうか。


 いつも無関心に構え、冷徹な母親にも、人間的な一面があったのか。

 いつしか私の後悔は、家を飛び出した事よりも、彼女を心配させた事へと変わっていた。



 家に着いてもドアを開ける事が出来なかった。

 玄関の前に立ってようやく、怒られるのが怖い事を思い出した。そんな感じだ。


 いっそ昨日の出来事が全て無かった事になったらどれだけ素晴らしいのだろう。


 恐る恐る取っ手に手をかけ、音を立てないように扉を開ける。


 台所の方からは、包丁とまな板の音が聞こえた。

 母の朝は早い。


 自分の鼓動が聞こえる程に、私は緊張した。


「ただいま……」


 私がそっと扉を開けると、そこには見慣れないエプロン姿の父が立っていた。


「おぉ愛美! 何処へ行っていたんだ? 父さん心配したぞ」


 料理をしていたのは珍しく父であった。


「あ、あれ? 母さんは?」


「何言ってるんだ……それより、無事だったのか、良かった……」


 父はコンロの火も止めずに私を抱きしめた。

 不慣れな父の抱擁に、私もぎこちない対応しか出来なかった。


「い、いいから父さん……ほら、焦げちゃうよ」


「あぁ、そうだね……食べるかい?」


「うん……てか、父さん料理出来たんだね」


「簡単な物はね。私も頑張らないと」


 父はそう言いながら形の悪い卵焼きと、味の薄い味噌汁を食卓に並べ、タバコを吸いに行った。



 父が戻ってくるなり私は母について聞いた。

 怒っていたのか、悲しんでいたのか。

 気でも病んで閉じこもっているか、とも聞いた。


 しかし父は何を聞いても

「母さんなんていない」

 と答えるのだ。


 そう答える父の様子に、ただならぬ雰囲気を感じる。

 まさか、私の事で二人が喧嘩でもしたのではないか。

 母の事だ、癇癪でも起こして出て行ったのでは無いか。


 早々に朝ごはんを平らげた私は、母の寝室に向かう。



 横開きのドアを開け、明かりの消えた部屋をそっと覗いた。


「あれ?」


 その部屋には母の私物など一切なく、ただ山積みのダンボールと父の趣味の道具が並んでいるばかりだった。


 そんな私の後を追ってきた父は

「ほら、母さんなんていないだろ?」

 と言う。


 私は唖然とした。


 その日は学校にも行かず部屋に閉じこもった。

 父には、さらに心配をかけただろう。



 持ち物を整理していると、先日拾った画用紙を見つけた。


 あのまま持ち帰ったのか、すっかり忘れていた。


 私は画用紙を広げ、絵を眺めようとした。


「え?」


 私の呼吸はピタリと止まった。

 『女の子』の手の先にいた『お母さん』の絵が消えているのだ。

 私の書き加えたバツも消えている。


「変だな……」


 嫌な予感がした私は、昨日母からかかってきた電話の録音を確認した。

 しかし、それらは全て無言となっていた。

 けれど登録名は『母』のままだ。


 夢でも見ているのか。

 私は、気がおかしくなってしまったらしい。



 私の父には四つ離れた兄がいる。

 私にとっては叔父にあたる。


 彼は時たま家に訪れると、三日ほど居座って、四六時中飲酒する横暴な性格の男だ。


 昨日から、またその男は家に押し入り、リビングで寝ている。


 父も彼には手を焼き、その時期は口数も減る。

 彼の存在を、父は快く思っていないのだろう。


 もちろん私も同様だ。

 彼を含め、私の知り合いには心の曲がった人間しか居ない。


 私はいつも通り部屋に籠り、彼と出会わないようにする。


 部屋の扉を閉めるなり、私は自分の机の引き出しを開け、あの日の画用紙を取り出した。


 砂で汚れた部分を拭き、可愛らしい字と絵が消えないように、大切に保管していた。


 捨てるのが忍びなかったというのもあるが、何よりそれには、興味深い事が書かれていた。


 用紙の右上に、明らかに他とは違う字体で、『親族設計図』と書かれているのだ。


 初めはなんの事だか分からなかった。


 しかし、母が突然消えた事と、私が母にバツを書いた事を照らし合わせると、そうとしか考えられなかった。


 恐らくこの画用紙にバツを書けば、自分の親族との関係を断つ事が出来るのだと。


 今日は実験の意味も込めて、父と、父の兄に当たるイラストの間にバツを書いてみた。



 翌日リビングの扉を開けると、そこに彼はいなかった。

 靴も、空き瓶も無く、存在した形跡は一切消えていたのだ。



 父に叔父の事を聞くと

「叔父なんていない」

 と答えた。



 そして私は、もう一つ実験したくなった。



 久しぶりに学校に登校した私は、いつもの通り窓際の席に目立たないように座った。


 授業が始まるまで、私はじっと動かない。

 特に話す相手もおらず、やらなければならない事も無いからだ。


 しかし、今日は違った。


 私はカバンから『親族設計図』を取り出し、大切に机の中に入れた。



 私には片想いの相手がいる。もう丸一年が経つ。

 とても近づける様な人ではなく、いつも遠巻きに眺めるばかり。

 進展など、しようはずも無かった。


 だが、私には一つ考えがあった。

 とても人道的な方法では無いが、試すだけ無料だと思った。


 彼の名前とイラストをこの画用紙に書いて、私と結び付ければどうなるのだろう、と。


 関係を断つ事が出来るなら、その逆も出来るのではなかろうか。


 今日学校に持ってきたのも、彼の似顔絵を書くためだ。

 早速私は彼の横顔を見つめ、画用紙に絵を描く。


 胸が高鳴る。



 ある程度描けた頃にチャイムが鳴る。

 その拍子に、私の画用紙が取り上げられた。


「あ!」


 思わず大きな声を出してしまい、注目を浴びる。

 しかし、そんな事はどうでもよかった。


 取り上げたのは室井先生であった。

 大柄な中年で、女子生徒からはあまり良く思われていない濃い眉毛が特徴の男性だ。


 彼は画用紙を見るや否や真っ二つに破り捨てる。


 私は思わず再び声を上げ、その片割れを拾った。


 運悪く、紙は私と父の繋いだ手を引き裂く様に破れた。

 その瞬間、私はゾッとする。



 持ち物を全て学校に置いて、私は走って家に帰った。


 これまでのように紙にバツを書いた訳では無い。

 だけれど、きっとまずい事になったと直感的に感じた。


 父の部屋に飛び込むと、そこはものけのからだった。


 まさか、こんな事になるなんて……。


 私はただ絶望し、自分の部屋に再び引きこもった。



 日が早く沈み、明かりをつけない部屋がみるみる暗くなる。


 と、丁度その時、玄関の戸が開く音がした。


「父さんだ!」


 私は慌てて玄関に向かった。

 泣き疲れ、酷く顔が歪んでいたであろう。


 濃い眉毛をひそめた父は、そんな私を強く抱きしめ、そのまま私を風呂場へと連れて行った。

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