9 パーデン公爵
第2章の開始です
偉そうにたくわえた髭を撫でながら、デップリとした身体に脂ぎった顔を乗せた男が、ニヤニヤして私を見上げてくるよ。
「レジナルド様、ご無沙汰しております。いやぁ、私の娘を一次審査で落とし、どのようなお方とご婚約なされたかと思えば……」
なによ? なんか文句でもあるのかい?
その薄ら笑いが癇にさわるなぁ。
「確かに、素晴らしい肢体をお持ちのレジナルド様に相応しい大女――いや、失礼致しました。お方ですなぁ。お初にお目にかかります、カレン様」
この人、今、ハッキリと悪意を持って、大女って言ったわよね!
って、ちょっとあんた、どこ見てんのよ! 礼をしながらピタリと止まるな!
今日は気分転換にと、女物のドレスをまとっていた私の胸元を凝視してきたよ!
転移した先の異世界人は、私より背が低い人も多く、視線が胸に近くなるのは分かるけれどさ…。
ジロジロとドスケベな目で、胸を覗こうとしてくる……。
「見るな」
「フグォ!」
「あっ……」
レジナルド様が目潰をした……。あれは、いったそぉーだね。
ゴロゴロと両目を押さえて床を転がるのは、この国のパーデン公爵。
常に不機嫌そうな表情だからパッと見変わらないが、レジナルド様、ソコソコ怒っているみたいだよ?
一応私、彼の所有物みたいなもんだからね。
――美杉 華怜――二十七歳、元日本人。
ファンドブルグ王国の王妃選抜試験を見事クリアし、晴れてこの国の王レジナルド=ファンドブルグ様と、ただいま婚約中です!
で、婚礼の儀なるものを二月後に控え、このまま順調にレジナルド様と夫婦となれる――――わけがない――
「パーデン公爵!」
見かねたカボチャパンツさんが助けに入った。
カボチャパンツさんこと、オークリー宰相の名前はバッチリ覚えたけれど、あの人が私の服装を、『今日も斬新ですなぁ』って小馬鹿にし続ける限り、私はあえて『カボチャパンツ』と呼んでやる!
今日みたいに女物の服を着ていたって、馬子にも衣装的な顔で見てくるのがコムカつくのよね。
で、まだレジナルド様は、未だ『様』を付けて呼んでいます。
だって、あくまでもまだ婚約期間中で相手は王様だし、呼び捨てはちょっぴり恥ずかしい――――私だって、もじもじくらいするわよ?
夫婦になっても古風な日本人の私には、『あなた』と呼ぶのが関の山かも……。
でも、少しずつ頑張ってみようっと!
レジナルド様と婚約し、この国のことを学びはじめて分かったことがある。
この国には三大公爵家なるものがあるらしい。
今まではジャンケンのように、三つの公爵家が互いを牽制し合い均衡を保ってきた。
けれど、リリアナが次期公爵となり、男爵家の三男と結婚することが決まって、均衡を破って一番になろうとする奴が出てきた。
それがこの、デップリドスケベ公爵こと、パーデン公爵だ。
女が公爵になるからって、抜け駆けできると舐めてかかるのは許せないな。
男爵家の三男と結婚することも、二人の能力が高けりゃ問題ないでしょうが?
リリアナと組んで、いつでもそのケンカ、買ってやるぞ?
で、パーデン公爵。今日はわざわざ何をしに来た?
「グゥ……。大変失礼いたしました。あまりにも王の婚約者様が魅力的で……」
あ、復活したわね。何が魅力的よ。
はじめは明らかに、大女って馬鹿にしていたくせに。そう思うなら発情しないでくれる?
本当に男って馬鹿。好みと発情は別物なんだろうね。
「いやあ、実は、甥のリンコーク帝国の皇太子殿下が、婚礼の儀の前に我がファンドブルグ王国に来訪し、国内視察をしたいと仰っているようでしてな」
どうやら、婚礼の儀への参列兼視察という名目で、隣国から甥の皇太子様が少し早めに来たいと言っているらしい。
で、相手国と懇意にしているパーデン公爵が打ち合わせに来て、ただいまレジナルド様から目潰しをくらい、悶絶したと――
「おお、確か奥方様のお兄様が、リンコーク帝国の現皇帝陛下でしたな」
カボチャパンツさんの補足によると、そのリンコーク帝国の皇帝陛下は七人兄弟で、パーデン公爵の奥様が末の妹さんなんですって。
まあ、その世代なら、こちらの王国は女王陛下の時代だし、政略結婚でパーデン公爵に嫁がされたのかもね。
うん、ご愁傷様です。
「長期滞在されても、私は構えんが?」
「ええ、ええ。レジナルド様のお手を煩わせはいたしません」
まあ、レジナルド様らしい回答だよね。
「例えリンコーク帝国の皇太子殿下とはいえ、国力は我が王国が勝っておりますし、王自ら対応せずとも失礼にはあたらないでしょう」
カボチャパンツさんも、特に断ったりはしなさそうだね。
「ええ、ええ。本当にそれで構いません。ただ――そうです! カレン様は、まだご公務をされてはおりませんでしたね? 王国を知るためにも視察にご同行いただき、甥の案内役をしてください!」
「えっ!?」
私に白羽の矢が立った。チラリとレジナルド様の様子をうかがう。
「私は構わん」
ええっ!? あっさり承諾しやがったよ!
自分が相手をする気がないのに人に任せるなんて、鬼だな。
一緒の時間を過ごして互いを理解し、少しは仲良くなってきたと思っていたのに……。
一緒の時間と言っても、式の打ち合わせが多いのだけれど、その時間を楽しみにしていたのは私だけだったの?
うん。どうやらそうだったのかもしれないね。
……。いいわ! レジナルド様がその気なら、とことんやってやる。
接待するなら、張り切ってやっちゃうからね!
胡散臭いパーデン公爵の申出にアッサリ乗り、私を差し出したレジナルド様への不満をパワーに変え、私はリンコーク帝国の皇太子殿下の接待をすることとなった――