7 城での生活
リリアナと私の二人が残り、城での生活が始まってもうすぐ二週間が経つ。
もう、呼び捨てにする間柄なのって?
毎日顔を会わせているし、城生活三日目からは、リリアナ、カレンの仲だよ。
私たちがどんな生活をしてきたかっていうと、最高の生活を送らせてもらっていたの。
レジナルド様は約束通り、必要な物をたくさん揃えてくれた。
なんか、準備してもらった服は、斬新過ぎるくらいの最新作かつ、前衛的デザインの物らしい。
ま、全部男物なんだけどね……。
いや、私には丁度いいサイズで、日本から来た私からすれば、まったく恥ずかしくない範囲の物だよ?
はじめはヒソヒソ囁きながら引いて見ていたお城の皆さんも、堂々と着こなす私を見て、段々格好いいって言いはじめた。
今では、私は宝塚の男役みたいな扱いで、すっかり女性ファンが定着したよ。
私も分かる世界だけど、背の高い男装女性って、刺さる人には刺さるよね。
幾人かの侍女さんのハートを撃ち抜いたらしく、そこからは芋づる式に、受け入れてくれる人が増えたんだ。
ファンクラブみたいに、『カレン様を妃に推す会』が発足したらしい。
さらにレジナルド様が、一からデザインをして丁度いい服を着られるようにと、わざわざ仕立屋を手配してくれた。
本当は、こんな機会でもない限り着ることもないような、貴婦人ドレスを作ってもらって着てみたい気もするけど……。
すっごくするけど……、女性ファンの期待に答えるため、私は男装を貫くよ!
そんなこんなで、採寸や服のデザインの打ち合わせをしたり、王太后アリアンヌ様やレジナルド様に元の世界のことを話したり、リリアナとティーをしばいたりの、悠悠自適な異世界転移生活を送っている。
で、レジナルド様から物をたくさん与えられたり、王太后様を交えて日本の話をしたり、珍獣枠の私をチヤホヤする人たちが出始めたからって、リリアナと険悪になるかというと、そうでもない。
「カレンは、身一つで試験会場に来たのでしょう? 貰える物は貰った方がいいわね」
「カレンは確かに珍獣だったわよ。最初は近づきたくなかったもの。でも、お付き合いしてみると、貴女の良さがジワジワと分かってくるのよね」
悪役公爵令嬢らしく、今まで取り巻きは大勢いたけれど、みんなイエスしか言わないから、本当は悲しかったらしい。
可哀相にリリアナは、ずっとツンツンすることに疲れ果て、身分制度とかに慣れていない私の、ヅケヅケ話す言葉が胸に刺さり、なぜか嬉しくなってしまうんだって。
変な扉を開いていなきゃいいんだけれど……。
私はリリアナのハートも、撃ち抜いてしまったらしい。
私に、女性からの限定、モテ期到来!
で、特にお互いやることもないから、今日も二人で集まって、ティーをしながらペチャクチャとお喋りしている。
「カボチャパンツもとい、オークリーは、あれでも宰相で偉いのよ? でも、考えが古くさくて、堅苦しいのが良くないわね」
「ふうん、まあまあ偉い人だったんだね。あの服じゃなきゃ、もっと偉そうに見えるのに勿体ないよね。し、白靴下って……。しかもニーハイ……」
「レジナルド様やカレンが新し過ぎる感じもしますけれど、きっと、流行ってものは、そうやって作られていくのね。流行の発信源を目の当たりにできて光栄だわ」
リリアナは自分にも厳しく、完璧なご令嬢として生きてきたんだろうから、他人への評価も厳しい。
でも、柔軟性もあって、素直にいいと思った物はいいと評価する。
サバサバしていて、話も分かってくれるから、本当に付き合いやすい。
いい友だちが異世界でできた。かなり嬉しいんだ。
日本だと議員になってからは、私から距離を取る人とかもいたからさ……。
大人になると、利害関係なく付き合える本当の友だちって、できにくかったりするしね。
そんないつもの楽しいお茶会に、突如、水を差す人物が現れた。
「リリアナ。なんだ、そんなフヌケタ顔をして、くだらない話なんぞしおって。定期報告も途絶えたかと思えば、このざまか。お前は王妃となり、最低二人は男児を生まねばならぬのだぞ?」
「お父様……」
「お前の生んだ長子が次期王となり、次子が公爵家を継がねばならぬのだ。油を売ってないで、こちらへ来いっ! 王の元へご挨拶に行くぞ!」
腕を掴まれ、ズリズリと引きずられて行くリリアナ……。
おいおい、アンタたいした乱暴者だな? 自分の娘に何をしている?
いくらパパーンとはいえ、その横暴さに、フツフツと怒りが沸いてきた。
「止めたら? 娘はアンタの所有物じゃないよ? なんでリリアナとその子どもの未来まで、あんたが勝手に決めつけるのよ?」
「この化け物大女め! リリアナを誑かしおって! 他人が我が家の事情に口を出すな!」
はーい。『化け物大女』の称号をいただきましたー。ウッサイんだよ、チービ!
「はあ? 力の強い男が、か弱い女性を無理矢理引っ張り回しているから、口出ししてんの!」
「お前のような下賎の者に、公爵家の立場が分かるか! しかも、そこのドブネズミめ! せっかく活躍の場を与えてやったのに、裏切りおって!」
「キュウ……」
突然怒りの矛先を向けられて、日向ぼっこをしていた巨大ネズミちゃんが怯えてしまった。
あれから私にベタ馴れで、本当に可愛く、言うことをよく聞くお利口な子なのに……。
あんな臆病な性質の子に怒鳴るなんて、ますます許せん!
「リリアナ、とにかくこっちへ来い! 下品がうつる! 今後についての協議もあるのだぞ!」
「いっ、痛いわ! 離してください、お父様!」
「親の言うことを素直に聞けんのか! 大人しくしろっ!」
あっ! 飛び出して止める間もなく、リリアナの頬に公爵の平手打ちが入った――
「これ以上はお止めください。妃候補に手を上げては、ダイアン様の責が問われます」
「メイソン……」
――かに見えたが、公爵の手は、侍従の男性の手で止められていた……。よかった……。
リリアナが、彼の胸に飛び込んで泣き出している。
「メイソン! 会いたかった……。このまま妃になって、貴方とはもう話せることもないと、覚悟して来たはずだったのに……」
「リリアナ様……」
ん? もしかして、彼が男爵家の三男? で、リリアナの好きな人?
彼の胸にグリグリと頬を押し付け泣くリリアナを見て、私は彼がリリアナの想い人だと確信した。
「メイソン! お前まで私に歯向かうのか! たかだか没落間近の男爵家の三男を、雇ってやった恩も忘れおって!」
公爵ったら、今度は手にしていた頑丈そうな杖で、メイソンさんを殴ろうとする。
メイソンさんは、甘んじて受け入れるつもりなの?
リリアナを庇ったまま、メイソンさんは黙って目を瞑ってしまった……。
待てぃ! もう、私だって近くに来ているからね!
暴力反対! そんなことはさせないよ!
私は公爵の杖を掴み、杖ごと腕を捻り上げた。
なんだ、私より背が低いと思っていたけど、ずいぶん小さいじゃない。
オバサンたちに混じってダンスで鍛えたこの体、公爵より断然力強くない?
「ぐっ、ぐぬぬぬっ。離せ……化け物……」
「離せって言われて、離す馬鹿がいるわけがないじゃない?」
でも、相手は一応男性だから、持久戦はちとキツイかも……。
「なんの騒ぎだ」
「「レジナルド様!」」
大騒ぎしちゃったから、レジナルド様とカボチャパンツさんが呼ばれて来たみたいね。
ツカツカと公爵と私に近づき、手刀で公爵の杖を叩き落とした。
「ひっ」
「片方の妃候補が泣き崩れ、もう片方の候補とは取っ組み合いか? なあ、ダイアン?」
「も、申し訳ございません……」
公爵様ったら、レジナルド様が出てきたらペコペコじゃない。サイテー! 器オチョコー!
んもう、お陰様で、私の気持ちが固まったよ。私の欲しいものが決まったのだ――
「レジナルド様、少し気が早いですが、もし、私が試験に合格して、約束どおり欲しいモノをもらえるのなら――」
「もらえるならなんだ? カレンは何を望む?」