6 王妃選抜試験 最終審査
隣から、大きく息を飲む音が聞こえてくる。姑の圧を、リリアナ嬢もビシバシ感じているみたい。
「王妃には、内政も外交も支えてもらわねばなりません。最終審査の内容は演説です。弁のたつ者を合格者とします。ただし、王妃がベラベラお喋りし過ぎるのもおかしいでしょう? 制限時間は一分。それでレジナルドへの想いと、王妃となる覚悟を伝えてみせて」
目の前に堂々とした姿で立たれた時には私も緊張したけど、なんか人間味溢れる王太后様だなー。
レジナルド様のことを本当に案じているんだね。いいお母さんだよ。
ようし! 演説なら得意っちゃ得意よ。
一応これでも、しがない地方議員をしていたしね。
色んな所にゲリラ的に行って、誰一人聞いていない演説を、面白がってマイクを握ってやってきたんだから。
雨の日も、風の日も、雪の日も、暑い日も、無視されようが、ゴミを投げつけられようが、やってきたことを異世界でやるだけだ。
時間の短さとお題の一部がキツイけれど、やってやろうじゃあないの!
「それでは、リリアナ嬢からお願いします」
「はい」
おや? リリアナ嬢も緊張しているのかな?
「わ、私は、幼い頃からレジナルド様の隣に立つべく、公爵家の娘として、未来の王妃として、相応しくあるべく、研鑚を積み重ねてまいりました。レジナルド様のことを心からお慕いしております。どうか、私をレジナルド様のお側に置いてください」
ああ、リリアナ嬢は、レジナルド様のことがずっと好きだったんだ。
ご褒美目的の私は、動機が不純過ぎたよね……。
「外国語も四ヶ国語を話すことができますので、外交の際もお役に立てます。生家の公爵家も内政の安定のため尽力します。これからもレジナルド様だけをお慕いし、必ずや立派な世継ぎを産んでみせます。私以上に、レジナルド様に相応しい女はおりません。どうかわたしを妃にお迎えください」
おお。ジャスト一分で言い切ったわね。敵ながらあっ晴れ。
私なんかが出る幕じゃあないよ。もう、リリアナ嬢に決めて差し上げて欲しい。
でもさっき、なんにもされていないって誤魔化した後に、理由もなく辞退したら、せっかくお咎めなしになったのに、今度こそリリアナ嬢が疑われてしまうかもしれない……。
「次は、カレン殿。お願いします」
ここは得意の口先三寸舌先三寸で、大物政治家のように薄っぺらな公約でも掲げて、演じてみよう。
「えー、わたくしがレジナルド様の妃となったあかつきには、この国の象徴として日々国民のために努めてまいりますとともに、レジナルド様ご本人の幸せのためにも、誠心誠意お役目をまっとうする所存です」
ペラペラ出てくるんだよねー。
実現する気もなく、良いことめかしてって所が、政治家っぽくていい感じ。
リリアナ嬢、幸せになるのだよ!
「皆さまに三つのお約束をします。一、この国の妃として常に自分より王国民の幸福を第一に考えて参ります。二、国家の恒久的な繁栄と更なる発展のため、力を尽くします。三、レジナルド様の妻として、笑いが絶えぬ、明るく楽しい夫婦関係を築きます」
フフフ。どれも具体的な中身がスッカラカンだよ。
これでリリアナ嬢が王妃に決まるわね――
言い切った私はスッキリだ。
でも、仕事くらいはもらえないかな? 職は欲しいなー。
「あ、オ、オホン。それでは選考に入りますので、候補者のお二人は控え室でお待ちください」
カボチャパンツさんの声を聞くのも、もうお仕舞いだと思うとちょっと寂しいかも。
最初見た時はびっくりしたけどね。
あ、それってお互い様か。
リリアナ嬢と二人きりで控え室にいるって、ちょっと気まずいなー。
「カレンさん? ちょっとよろしいかしら?」
ん、顔は貸しませんって昨晩は言ったけど、その時とは雰囲気が違うわね。
「このとおり暇ですし、いいですよ」
「ありがとう。正直、私は簡単にこの試験に合格して、妃になると思っていたわ」
「左様ですか」
「貴女の存在は、本当に予定外だったのよ」
いやぁ、突然参加してしまい、すみませんでしたね。
でも、貴女の熱いレジナルド様への想いは聞きましたし、私は落選確実です。
ご安心召されよ。
「いくら家のためとはいえ、好きでもない無表情の冷酷男と、これから一緒に夫婦として生きなきゃならないなんて、気がふれてしまいそうだわ」
「はい?」
待て、待て。好きでもない男? 家のため? さっきの演説は……、まさか、リリアナ嬢も演技だったの?
「リリアナ嬢は、レジナルド様がお嫌いですか?」
「当たり前じゃない。いくら顔が良くても、願い下げだわ。でも、公爵家に生まれた限り、自分の好きな人となんて添い遂げられはしないのよ……」
あっさり騙され、身を引こうとしていた自分が馬鹿らしい。
そういや、こうしてよく騙されて、先輩議員の狸ジジイどもにからかわれていたな。
クゥ~ッ。リリアナ嬢も、とんだ狸だったわ。
騙されたことはショックだが、リリアナ嬢のよきライバル具合と多才さに、感動すら覚える。
この人も可哀相だな。家のために結婚だなんて……。昔の人の話みたいだよ……。
この国を、どげんかせんといかんのかも。しかも……
「もしかして、リリアナ嬢って、好きな人がいるの?」
「な、なによ、突然」
お、分かりやすく赤くなったよ。
そっかあ、さっきのレジナルド様への想いは、嘘だらけだから軽く話すことができても、本当に好きな人のことだと、ただの乙女になっちゃうのね。
「ええ、いるわ……。父も知らないことよ……」
おっと、なんか楽しくなってきたな。
恋の話なんて、聞いたこともしたことも、久しくなかったから飢えていたんだよ。
グイグイ聞いてやろう!
「お父さんには反対されているの? 身分差でもある?」
「ええ。男爵家の三男なのよ。格が違い過ぎて、父に話すなんてできっこないわ……。もういいのよ。覚悟して、ここに来たのですから……。公爵家に生まれた時から、定められていた運命ですもの……」
なんか、リリアナ嬢が、漫画の悪役公爵令嬢に見えてきた。
黒い髪をドリルに巻いて、つり上がりぎみの目がキツク見られて、強い女だと誤解されてしまうんだろうね。
私もちょっと誤解していたもん。
本当は、純粋に好きな人を思う、ただの可愛らしい女の子なのに。
「大丈夫よ。今は、ヒロインより、悪役令嬢の方が幸せになれる時代よ!」
「なにを言っているの? 意味が分からないわ」
うーん。どうしよう。リリアナ嬢が勝てば、王妃になって好きな人と結ばれる可能性が完全になくなってしまう。
私が勝っても、身分差があっては、リリアナ嬢は男爵家の三男とは幸せになれるわけじゃない。
悩んでいるうちに審査結果の発表時間になってしまった――
「王妃選抜試験、最終審査の結果を発表する」
「「はい」」
リリアナ嬢と私は、臆することなくレジナルド様を見る。
本当にいいライバルって感じだよ。
「一ヶ月間だけ、審査期間を延長することになった。以上」
「はい? 以上じゃないわよ! 説明がない!」
あ、王様に向かって切れちゃった。
おお怖い怖いって、レジナルド様、意外と怒ったりしないじゃない。
無表情だから分からないだけで、ハラワタ煮えくり返っていますかな?
違うなぁ。スーンとして、佇んでいるだけ。固まったままだし……、どうしよう……。
「まあ、落ち着いて。二人があまりにも素晴らしい女性だから、短い時間では決められなかったの。ごめんなさいね。ですから、もう少し二人には城で過ごしてもらって、城での生活自体を審査内容としたいのよ」
おお、王太后様、分かりやすい。納得できました。
確かに、今の時点でどちらが選ばれても、リリアナ嬢が幸せになれる方法が分からなかったから、好都合かもね。
こうして、リリアナ嬢と私の、城での審査生活がはじまった――