5 間に合うか!? 四次審査
今、私は城の外を魔物の背にくくりつけられ、どこか遠くに向かっているよー。
誘拐ってわけでもなさそうだし、監禁されているわけでも、追放されたわけでもない。
この状況は、一体なんだろう? 試験に邪魔だから、遠くへ行っといてねって感じか?
三次審査で魔法をぶっ放した後、部屋までご令嬢方の襲撃を受けたから、しっかり鍵をかけたはずだったのになあ。
言い訳をすると、初めての異世界と魔法に疲れていて、泥のように眠ってしまったんだ。
そういう時ってない? あ、ない?
三十路近くになると、あるあるになるからねー。
ご丁寧に猿ぐつわまでしちゃってさ。
私にそんな変態じみた趣味はないから、怒りしか覚えないんだけど。
絶対あの四人組のご令嬢方だよね?
どうやって証拠を得て懲らしめてやろうかじっくり考えたいけれど、先ずは、この状況から脱することだよなぁ。
なんだかこの魔物、意外とモフモフしていて、獣臭くはない。
人間の命令を聞いているということは、この子はけっこうお利口でいい子なのかもしれないね。
暗いうちに街道から外れちゃったから、人里に戻るのには、この子に頼るしかないかなぁ。
もう直ぐ日が昇りそう。
フカフカの魔物を手懐けられるか考えているうちに、その子の足が止まった。
「キュウ」
街道を大分脇に逸れた平原で、その子は私がくくりつけられていた紐を、歯で噛み千切った。
身体をいきなり自由にされた反動で、ゴロゴロ転がったからすごく痛いんだけど、怒ってこの子を敵に回すわけにはいかんな。
伝説のおじいさんバリに、動物と仲良くなるんだ!
「よ~し、よしよし。かわいい魔物ちゃんですね~」
さあ、私の匂いをいくらでも嗅いで! 私は敵じゃない! ほら、大丈夫。怖くない!
あの四人組から発せられる、鼻が曲がるドギツイ香水の匂いより、私はいいカホリがするよー。
スンスンと鼻を鳴らした魔物は、茶色いミチっと生えた毛を膨らませている。
丸い耳とつぶらな瞳が可愛らしい。長い尻尾が特徴的だ。
あれ? 随分でっかいけれど、この子って地球では人によく懐いて賢いって話題の、人気上昇中のあの子じゃない?
特徴からその生き物の性質にアタリをつけ、手で顎の下や耳の後ろを撫でると、トローンとなってしまった。
私の予想は正解だったようだ。もう、巨大なペットとしか思えない。
「かわいい~!」
******
「レジナルド様、大変です! 候補者が一人消えました!」
「なんだと?」
「あの珍妙な娘が部屋からいなくなり、城内のどこにもいないそうです」
私は朝の執務を柄にもなく放り投げ、走ってカレンの部屋に向かった――
荒らされた気配はない……。
自分から出ていってしまったのか?
いや、違うな。昨晩カレンは、本気で欲しい物を考えていた。
まして、異世界から来たばかりだ。
一人で城から出て、どこに行けるというのだ。
今、この試験を辞退することはないはずだ。
「……あの女どもか」
私は怒りという気持ちを久しぶりに感じた。高揚する感じもあって、悪くない。
カレンはいないが、あいつらはそろそろ会場に集まる頃だろう。
「早めに行って、吐かせるか」
私はすぐ、試験会場に向かうことにした。
だが――
「なぜいる?」
目の前には、信じられない光景が広がっていた。
四人で固まって、ガタガタと震える女共。
その前には、仁王立ちして女共を威圧するカレン。
なぜかカレンは、巨大なネズミの生き物を従えている。
「あ、来ちゃったわね。さ、試験だからヤメヤメ。これでチャラにして、みんなで試験を頑張るわよー」
ますます状況が分からない。なぜだ?
そいつらがお前の試験参加を妨害しようとして、どこかに閉じ込められでもしていたのではないのか?
今直ぐ聞きたい気持ちを必死に押さえていると、母がオークリーに連れられ、会場に到着した。
「ん? アイツいたのか? おほん。皆様お揃いのようですね。それではただいまより、王妃選抜試験の第四次審査を開始します。今から候補者の皆様には、王太后アリアンヌ様と王レジナルド様との、三者面談を行っていただきます」
母も交えての面談などダルイと思っていたが、不思議と三人の候補者が次々辞退した。
面倒な試験が早く済み僥倖だ。
きっと、リーダー格の女がいないから、正直に申し出やすかったのだろうな。
しかし、残った一人はさすがに隙がない。公爵家のリリアナ嬢だったか?
確かにカレンがいなければ、この女が一番妃に相応しいだろう。
どこにも文句の付けようがない女だ。母も気に入ったらしい。
だが……。私は……。
マズイな。今度は苦しいという気持ちを、久しぶりに感じていた。
と、とにかく。カレンになにがあったのかだけは、ちゃんと確認せねば。
******
ほうほう。いよいよ母上様の登場ですな。『恐怖、死ぬまで続く嫁姑バトル』にならないよう、第一印象をよくしないとね。
あれ? 私、嫁になる気満々じゃない!
違うのよ。私は欲しい物をもらうために頑張っているのよ!
「はじめましてカレンさん。ご存知かもしれませんが、このとおり、レジナルドは口下手です。王妃となる方には、特にその辺りを支えてやってほしいのです」
おお! なかなか優しそうなお義母さんだわ。バトル回避もしやすそう。
「母上、申し訳ないのですが、審査の前にこの娘に確認せねばならぬことがあります」
「そうなの? いいんじゃない? 時間はあるようだし」
どうしたんだろう。レジナルド様が、私に確認したいことってなんだろう?
「カレン。昨晩、誘拐されたり監禁されたり、問題があったのではないか?」
「……。誘拐でも監禁でもありませんね。強いて言えば、……散歩した? でしょうか」
ばれていたんだ。そりゃ、城の主ですもんね。
私がいなくなったことくらい知ってて当然か……。
当たり障りのない説明をするしかないね。
あのご令嬢方には、私がたっぷりお仕置きしておいたもの。
「恥ずかしながら、眠っているうちに、あの子の背中に乗って散歩していたようです。試験の開始時間に戻れましたので、特に支障はないかと存じます」
「試験に支障はなかったが……」
「ねえ、レジナルド。あの子、聖獣じゃないかしら?」
母上様から異世界っぽいワードが出ましたよ。
私に懐いたあの子が聖獣ですって?
まあ、すごく賢くて言葉も理解していたし、特別な感じはするわね。
「カレン、母上は光属性の持ち主だ。聖獣の判別ができるのだ。確か、カレンも光属性の素質があったな?」
「あ、カボチャパンツさんが、そんなことを言っていましたね!」
「カボチャ――」
「プッ、フフフフ。いいから我慢しないで、レジナルドも笑いなさい」
だって、カボチャパンツさんのお名前を知らないんだもの。
「レジナルド様も肩を震わせていないで、どうぞ、お好きなように私を笑ってくださいよ」
「そうよ、レジナルド。カレンさんの言うとおりだわ。笑いたい時には笑えばいいのよ。ところでカレンさん。貴女、『神様からのギフト』じゃないの?」
なんですかな、『神様からのギフト』とは?
「やはり母上もそうお考えになりましたか。実はカレン、異世界から来たようなのです」
「まあ! やっぱり! 何百年振りかしら!」
なんだか私一人、置いてきぼりになっているわね……。
どうせここに来てから、ずっとボッチな感じでしたから、それほど気にしていませんけどね。
でも、後でお話をゆっくり聞かせてくださいよー。
「しかし、試験とは別問題です。残ったリリアナ嬢とカレンさんで、次の最終審査まで試験は行ってもらいますよ」
「試験に辞退者が出た。自動的に今回は合格だ。次の審査で通れば褒美を与えよう」
おお、締める時には締める。さすが王太后でお姑さん。で、レジナルド様のけちんぼー。だが――
「もちろんです。私としても最後までやり抜くつもりです」
ええ、ええ。当然やらせていただきますとも! 褒美が私を待っている!
こうして私は、王妃選抜試験の最終審査、リリアナ嬢との一騎打ちに挑むことになった――