21 禊の森 前
とうとう結婚式前日。いよいよ明日、私はファンドブルグ王国の王妃となる。各国の要人の方々に手を振りながら城を出て、禊の森の手前まで付き添ってくれた三大公爵家の面々に見送られ、私は禊ため一人この森に入っていかねばならないらしい。
「行ってらっしゃいませ、カレン様」
「務めて参りますね、チョキュールのおじ様」
おじ様は今日もダンディーだわ。明日人妻になるというのに、イケオジの魅力にあてられクラクラしちゃう。いけないいけない。
「私たちが、ここで帰りをお待ちしておりますね」
「ありがとうございます、エミリア様」
今やパーデン公爵となったエミリア様も、私の禊が終わるまでここで見守ってくれる。
「私たち三大公爵家は、次期王妃の誕生を心待にしておりますわ」
「リリアナ……」
実質、グーリンデン公爵家の舵取りをしているリリアナ。本当に心強いわ。そんな風に真面目に言葉をかけられちゃったら、目頭が熱くなるじゃない。
「行って参ります!!」
禊のための心許ない薄手の青い布切れ一枚で、私は森の奥へと向かう。奥の泉で身を清めて戻ればオッケーらしい。大丈夫。どんな辛い滝行が迎えようとも、待ってくれている人たちのため、私は耐えてみせる!
「カレン、寒そう」
「カレン、水浴びするの?」
「おい。お前ら、なんでここにいる?」
このガキんちょども、どうやってついて来たんだ? ああ、ダメよカレン。貴女の職業は元政治家。これからは王妃。こんな口の悪い女では、速攻悪い意味でバズっちゃう。
「カレンと遊ぶー」
「ついてきたのー」
「コラ! 遊びに行くんじゃないんだよ!」
来ちゃったもんは仕方ないんだけれど、本当どうやってここまで来たんだか。
「城のみんなが心配するじゃない。今戻ればリリアナたちがまだ近くにいるから、早く帰りなさい」
「「やだー」」
はあ? やだじゃないって! 我が儘言うな!
「あなたたち、いい加減にしなさい! 危険な場所じゃない所でなら、また遊んであげるから」
「危険じゃないってどこー?」
「どこー?」
本当、ピーチクパーチクよく鳴く小鳥ちゃんたちだこと! 私の言うことなんて全く聞くつもりはないんだろうけれど、さすがに禊には連れて行けないよ。
「今日は本当にダメなのよ。大人しく帰りなさい」
「僕たち子どもだもんー」
「だもんー」
「こっんのおぉー!」
「「キャー」」
ん、あれ? 道って、真っ直ぐ歩いて行けば泉に着くのよね? 双子にばかり気を取られて追いかけているうちに、なんか順路から外れちゃったかも。
確かに道は真っ直ぐ伸びていたはずなのに……。ホワイ?
「カレン、あそこにまものがいるー」
「まものー」
「ま、魔物!?」
うっわぁ。物騒な感じの奴がいるわね。トレントって名前だったかしら?
当然、レジナルドもリリアナもデグ太郎もいない。大人は私だけ。私がこの子たちを守らないと……。そりゃあ、魔物と闘った経験なんてないけれど――
「二人は下がっていなさい」
「「カレン……」」
カッコ良く、こう言うしかないじゃない。森におあつらえ向きの植物系の魔物か。相手がヤル気なら、こちらだって遠慮しない。ゴオオオっと燃やして、消し炭にしてくれる。
「お客様を守るため、殺生は好きじゃないけど殺らせてもらうわよ! ヴリティスバー!」
燃ーえろよ燃えろーよ♪で、林野火災防止に――
「ゴベドゥブールラー!!」
どうよ。けったいな呪文の練習を笑わず真剣に励んだ成果、その身で味わいなさい! ラの発音はLの方よ。
ジャバジャンと、大量の水が当たり一面に降って来た。私たち三人共びしょ濡れだけれど。消火はキッチリしないとね。不安で夜眠れないわ。
「カレンまだいるー!」
「あそこー」
「マジか」
双子プリンスも、邪魔にならないようにちょこまかと動き回って、頑張って魔物から逃げてくれているけれど……。
さすがに数が多いと厳しいわね。巻き込んでしまうかも。それに、魔力が強いと教えてもらったけれど、私の魔力ってヴリティスバーが何発くらい出せるんだろう?
「私の魔力があるうちに、二人は逃げるのよ」
「……やだ」
「僕たちも闘える」
「だめよ! 自分の結婚式を祝うために来てくれた人に、少しでも怪我を負わせるなんてできない。いいから早く行きなさい! まして、貴方たちは大きくなったら王様になって、ウーミワタール国の王となるんでしょう?」
「「……」」
確かに私は、神様からのギフトなんて呼ばれているかもしれない。でも、私が転移できたのなら、他のギフトだってこの世界に来られる可能性はある。ほんの少し前に来た私の代えなんて――
「いや、すでにドップリこの世界に浸かっていたかもね……」
王太后アリアンヌ様。チョキュールのおじ様。エミリア様。ギディオンにデグ太郎。リリアナ。そして――レジナルド――
この世界の大切な人たちの顔が次々浮かんでくる。ここは双子の退路を確保するためにも、とにかく撃って打って討ちまくるしかない。絶対勝つ!!
「さあ、かかって来なさい! 私がこの世界のプリンスたちに指一本触れさせないんだから!」
「カレン……」
「待ってて――」
ハハッ。あの子たち、本当に可愛い天使みたいじゃない。いや、悪魔か。風魔法を使って大空に羽ばたいていくよ。ああしてここまでついてきたんだね。無事に帰ったらその魔法を教えてもらうか。
さて、私は魔力が尽きるまで闘うのみ。きっと、あの子たちがリリアナたちを連れてきてくれるはず。
「ヴリティスバー!!」
私は王妃となるべく禊のため入った森の中、一人大量の魔物と闘うことになっていた――




