20 マリッジブルーの男
レジナルドは、見てはならないモノを見たような微妙な表情で私を見ている。
コンニャクっぽい物体でぬるりん冷え感触と、火の玉担当のリリアナ。そして、効果音と謎の素早い影担当のデグ太郎は、仮装していない分人に見つかってもダメージが少ない。早々にレジナルドと双子に見つかったのか、レジナルドの後ろに控え、私の方を見ないようにしているよ。その気遣いが余計辛いわ。
「カレン。明後日は式だ。夜更かしは良くない」
「うん……」
なんで、そんな哀れんだ顔を、明後日には旦那になる人にされなきゃいけないのよ。私の乙女心は風前の灯火だわ。
「リーリーアーナァーー!」
すごすごと戻った自室で、リリアナに抱きつき大泣きしようとしたが、おでこを手のひらで押さえられ叶わなかったさ。
「しくしくしくしく。リリアナまで醜い私を拒否するのね……」
「カレン。顔を洗って着替えたら、いくらでも思い切り抱きしめますわ」
ボサボサになった髪を纏め、血糊まみれの顔面を洗い、着替えた私はリリアナの膝に顔を埋めまくる。
「旦那になる人にどん引きされたぁ~」
「だ、大丈夫ですわよ。あの無頓着は、こんな事くらいで動じませんわ。むしろ、カレンのお陰で表情が生きていましたわよ」
「そう? でも、完全に引いていたよね? 何も言わずに直ぐ帰っちゃったしぃー」
確かに、レジナルドの表情が豊かになるのは嫁として嬉しい。でもなんか、方向性が違うんだよね。
「だな。確かに、引いていたかもな。心配するな、あぶれたなら俺が嫁に貰ってやる」
「世紀末感全開の柄の悪いモヒカン男と、痛々しさ全開の古風な化け物か……。案外相性悪くないかも……」
「カレン、気を確かにお持ちになって!」
あの悪魔たち、絶対私の醜態を見せるため、わざわざレジナルドを連れてきたんだ! 結婚前のナイーブな乙女心をもてあそびやがって! 大人を手玉にとろうとするなんて、ゆ、許さんぞ! でも……。あいつらなかなか手強いのよね……。
「私、双子の悪魔に勝てないかも……」
***
結婚前にナイーブになっているのは、こちらの方だった。
「カレン……」
華怜が婚約者に見られたくない姿を見られてしまったと、リリアナ嬢の膝で泣き濡れている頃。
夫となるレジナルドも、眠れぬ夜を過ごしていた。
「ハアァ……」
濡れたような艶を出す長い黒髪。自分のためだけに染めてしまいたくなるような真っ白い装束。救いを求めるような虚ろで暗い瞳。弧を描き妖しげな唇は、真っ赤に熟れていた。
日本の伝統的な幽霊に美しさを見い出してしまったレジナルドは、その幽霊姿の華怜が瞼から離れない。
「美しかった……」
わ、分からぬこともない。オリエンタルで妖しげな艶っぽさは、眩しいばかりの美に溢れた彼の世界ではさぞ妖艶に写ったことだろう。
自分の心を乱しまくるカレン。明後日にはその女が自分だけのモノとなる。いかに平静を装うとも、レジナルドの鼓動は嫌というほど早鐘を打っていた。
「まるで、逃げるように立ち去ってしまったな」
抑えきれなくなりそうな衝動を隠すため、思わずその場から逃げて来てしまった。
「もっと、カレンと時を過ごせたらいいと思っていたのに……」
レジナルドはもどかしく感じていた。王として責務を真っ当すればそれで良いと思っていた人生が、崩れて跡形もなくなりそうだった。なぜ王に生まれ、多忙な生を歩まねばならないのか恨みたくなっていた。
時間が許す限り、彼女の生きてきた世界の話を聞いていたい。母と共に聞くカレンの世界の制度や気候、技術など、上辺のものではない。カレンの生い立ちから、何を学び何を見て何を感じ生きてきたのか。そこから、なぜ突然異世界に来てしまったのにも関わらず、ああも強くあって、周りの者を慈しみ、こんな自分さえも愛そうと努められるのか。
聞いてみたかった。が、あっけらかんと突拍子もない回答をされそうで、ずっと聞くことができなかった。
「夫となる権利を得ても、不安は尽きぬのか……」
「こーら! なぜ貴方がマリッジブルーになっているのかしら? カレンちゃんは今日も双子の王子たちと、元気に駆け回っていたみたいね」
「母上……」
ただでさえ考え過ぎな息子が、ここ最近さらに落ち込んでいることを、王太后アリアンヌだけは気づいていた。
「どうせ貴方のことだから、本当に自分がカレンちゃんの夫となることが、カレンちゃんにとっていい事なのかどうかとか考えているのでしょう?」
異世界に来て神のギフトと称され、強制的に王妃になることとなったカレン。嘘をつけるタイプではないようで、自分のことを好いてくれているのは本当だろう。自分も夫としてカレンを生涯大切にする自信もある。
が、しかし、こちら側の都合だけで王妃の責務を負わせていいのだろうか。もっとカレンがこの世界で自由に生きられたのなら、他に好いた男ができたのではないだろうか。
そんなことを考えてしまう。
「……」
「夫婦として上手くいっている人たちって、なんだかしっくりきていて、お似合いの二人だなって思えるのよね。互いの雰囲気が似ているというのかしら」
唐突に母アリアンヌが語りだす。
「カレンちゃんは向上心があるわ。この国に来て初めて魔法を使ったらしいのに、次々と新しい魔法を覚えている。王国内の最大派閥の三大公爵家の全てと良好な関係を、あっという間に築いてしまったりもしたわね」
その通りだ。王妃選抜試験を華麗に通過し、国内の公爵家同士のしのぎ合いを、カレンは意図も簡単に丸く治めてしまった。
「貴方は、昔から手のかからない優秀な子だったわ。でも、それは努力の上に成り立っていた。カレンちゃんにも同じ感覚があるのよね。今までの積み重ねがあって力を発揮しているし、次第に周りもその能力を認めてゆく」
王太后アリアンヌはゆっくり目を細める。
「あなたたちの本質はそっくり。実はガチガチの真面目人間。周りにそれを気取られないところもそっくりね。ちょっぴり誤解されてしまうところも……。――たまには羽目を外して、ハネムーンくらいはゆっくり思うがまま過ごしていらっしゃい」
「母上……、ありがとうございます」
母であるアリアンヌは常にレジナルドを想う。最愛の息子が嫁にベッタリとなってしまおうが関係ない。彼の心か何かに惹かれ鮮やかになり、思うがまま笑って生きられることをただただ望む。
そんな母の想いとカレンへの想いを胸に、ファンドブルグ王国の王レジナルドは再び執務室へと歩き出した――




