14 冷酷王の胸の内
「そろそろ動く頃か」
レジナルドは執務室の中で、珍しく一人ぼやいた。
リンコーク帝国の皇太子が、『神からのギフト』であるカレンと聖獣を狙っていることは、事前に情報が入り知っていた。
これを機に、リンコーク帝国はファンドブルグ王国に逆らえないくらい、メッタメタに叩き潰し、枷となる条約でも締結しよう。
そして、ついでだが、国内の膿も出す。
そうレジナルドは考えていた。
しかし、自分が対応すれば、相手が動ける隙を与えなさそうだ。
カレンに想いを寄せていると気づかれたら、カレンの身を余計危険にさらす可能性がある。
最初に『神からのギフト』が現れたのが、たまたまファンドブルグ王国だっただけ――
相手にはそう思わせておきたかった。
カレンと話しをしたいが、自分の抱く想いを帝国に気取られてしまうのを懸念し、感情を殺す。
そしてなにより、正直者でお人好しのカレンには、計画のことを話せない……。
(なに、少し前の自分に戻るだけではないか)
簡単に考えていたが、一度恋の甘さを知り、色づいた世界に身を置いたレジナルドにとって、それは容易いことではなかった。
この二週間、レジナルドの胸中はカレン以上に悶々とし、苦しんでいたのだ。
「言葉が足りないと、カレンちゃんに嫌われるわよ?」
「母上……。ノックくらいしてください」
王太后アリアンヌは困惑した顔をして、悲しそうにレジナルドに声をかける。
「ノックどころか、声もかけたのよ? 貴方がそんなに悩むなんて……」
「致し方ありません」
まったく仕方ないなんて思えていないが、母の手前、王として強がるしかない。
しかし、母アリアンヌはそんなことお見通しだった。
「今日からしばらくは、私が公務を片づけます。人任せにしないで、貴方が片を付けに行ってらっしゃい」
「母上……。はい、ありがとうございます」
自分が動かずとも、今日中に相手側を抑える手筈は整えていたが、レジナルドは自身を送り出してくれる母に感謝し、馬を飛ばすため準備をはじめた。
馬車で半日程度移動をしたのなら、黒毛の愛馬の脚と自分の騎乗なら、一時間強で追い付くだろう。
「キュウ」
「お前も来るか?」
「キュ」
聖獣『デグ太郎』も、カレンを案じていたらしい。レジナルドが尋ねると、尻尾を振り大喜びだ。
「なかなかいい走りをするな」
「キュウ」
すでに愛馬よりも大きく成長した聖獣も、素晴らしい脚力をしている。行程は順調だった。
一時間もすると、途中の街道で王国の馬車が停まっているのが見えた。
周りには王国の護衛が眠りこけ、残された馬は自由に草を食んでいる。
レジナルドが護衛の尻に蹴りを入れ起こしながら馬車を覗くと、リリアナ嬢とチョキュール公爵が眠っていた。
「リリアナ嬢、チョキュール公爵」
「ふぁい」
「うっ……」
二人を起こし、もう一つのパーデン公爵家の馬車を確認すると、ギディオンに利用されていたのにも関わらず、自分が計画を実行していたと信じきっていたパーデン公爵が、腹を出して眠っていた。
「醜い。こいつは簀巻きにして、牢に入れておけ」
レジナルドは尻を擦る護衛たちに命じ、すぐ次の行動に出る。
「カレンがどこに行ったか分かるか?」
「キュ」
聖獣デグ太郎は着いてこいとばかりに跳びはね、再び駆け出した。
「カレン……」
レジナルドの胸中を、どす黒い感情が駆け巡る。
皇太子を演じさせられていた者は、カレンが目をかけていたから穏便に済ませよう。
しかし――
「ギディオン……。許さんぞ」
黒馬を暫く走らせると、街道沿いの農作業小屋に、馬が数頭つながれているのが見えた。
「あそこか……」
煮えくり返るはらわたを抱え、レジナルドはカレンとギディオンがいるとおぼしき小屋へと向かった――
******
「背負い投げ~」
「ぐわああぁ」
「巴投げ~」
「ぬおおおっ」
一本~二本~! ヒャッホ~! お次は大将の三白眼ね!
「カレン……」
バッタバッタと護衛の男どもを投げ技で吹っ飛ばしていると、レジナルド様がやって来た!
「あっ、レジナルド様!」
あら! もしかして助けに来てくれたの!?
「レジナルド様! 私、最大限、婚約者として配慮して頑張りましたよ! 巴投げも、パンツスーツだからしましたし、寝技には持ち込まなかったんですよ!」
「寝技? とにかく、さすがカレンだ。よかった……」
おお! 笑った。レジナルド様が久しぶりに笑ったよ!
くうぅ、眩しいじゃないの!
少し汗ばんだ顔に張り付いた黒髪を掻き上げ、グレイの瞳を潤ませて見つめてくるなんて、なんて色気を振りまいてくるのよ!
「お前の婚約者は恐ろしいな……」
「褒め言葉と受け取るが、許さんぞ、ギディオン」
まじか。レジナルド様も三白眼の正体を知っていたんじゃない。
「カレンー!!」
「リリアナ!」
げっ。リリアナさん、なんですかそのトゲトゲしい鞭は……。
「わたくしの親友を奪おうだなんて、血祭りの刑に処しますわ」
――ビシイィーッ――
ひえぇ。目がすわっていますよ?
心なしか、『漆黒のドリル』が黒光りして、ギュルギュル回転して見える。
「加勢いたします」
チョキュール公爵も、腰の剣を抜かないで~。流血はだめだって~!
「カチカチ」
デグ太郎……、あんたの歯もまずいって……。一噛みでギディオンの首がもげるよ……。
「くそっ。なんなんだ、王国の奴らは!」
「観念しろ、ギディオン」
ま、まずい、まずい。このお方たち、ギディオンを殺っちゃう気だよ。
なんとか穏便に済ませないと……。
日本人で甘いのかもしれないけれど、私刑なんてダメだし、これが戦争の引き金になったりしたら大変だもん。
私が連れて来られたせいで、リンコーク帝国と戦争になったりしたら責任感じるわよ。
それに、性善説を信じるわけじゃあないけれど、まずは、もう少し平和的な解決を試みてもいいんじゃないのかな?
私は、怒りに燃える仲間たちをなんとか抑え、流血沙汰になる前に、リンコーク帝国とファンドブルグ王国の一番いい落としどころを見つけようと焦っていた――




