13 眠りの罠
ああ、なんて爽やかな朝!
昨晩、古城のステージで歌って踊ったから、最高の目覚めだわ!
初の遠出だもん、修学旅行気分で行こう!
イモ収穫の後からは、ずっとリリアナとチョキュール公爵が一緒に来てくれて、視察はどんどん賑やかなになっていった。
パーデン公爵のよき防波堤にもなってくれているし、すごくありがたい。
普段、移動に使用する乗り物は馬車。今も視察先へと向かうのに、馬車に揺られている。
こちらの世界には魔法があったけれど、そこまで便利な感じではない。
無限にアイテムを収納したり、好きな場所にいつでも転移したりはできないらしい。
単純に、攻撃したり、防御したり、癒したりする感じが多いみたい。
初めてこの世界に来た時も、王国の一大イベントだから、総動員で娘さんたちを城に転移させていたらしい。
帝国も同じようなものなのか気になったから、どんな国なのか、すでに呼び捨てとなったギディオンに聞いてみた。
「ねえ、ギディオン。リンコーク帝国とファンドブルグ王国とで、大きな違いはあった?」
私としては、ギディオンともだいぶ打ち解けてきたと思っている。
糸目を開いて反応してくれたり、さらに細めて微笑んでくれたり、まだ緊張感はあるみたいだけれど、答えてくれることも多くなった。
「いいえ、そこまでは……。近いこともあり、気候や風土も似ていますし、もともと同じ民族ですから、言語や生活習慣も同じですしね……」
「そっか、同じ言葉を喋っているんだ!」
勝手に訳してくれているから分からなかったけれど、言葉も同じなら、もっともっと両国は親しくなれそうね。
このまま帝国といい関係が築いていけるといいな。
外交の時なんかは、レジナルド様が強気な感じで行きそうだから、わたしが上手く緩衝材となってフォローしないとね。
きゃっ! なんか妻っぽいことを考えちゃった!
「カレン? 今、脳内お花畑になりませんでした?」
「えっ? カレン、なんのことかよく分からなぁい」
「んまあ! 白々しいこと! ふふっ」
ギディオンもチョキュールのおじ様も、かしましい女の会話を微笑ましそうに見てくれている。
この場には、腹の探り合いとかまったくない。
私、レジナルド様のじらし作戦に、まんまとはまっているのかも。
ここに居る人たちがこんなに温かくて、レジナルド様にだけに冷たくされるから、余計追いかけたくなっているのかな?
「カレン! ぼうっとしていないで見て! すごいですわよ! あの鳥、羽根が輝いていますわ!」
「本当だ!」
「渡り鳥の耀鳥です。もう少しすると、北の地へと移動します。いいタイミングでしたね」
チョキュールのおじ様は博識だね。
リリアナも私もよく懐いている。
「ギディオンの国でも見られるの?」
「帝国ではあまり見ることはありません」
「飛行ルートが、リンコーク帝国からは外れているのでしょう」
パーデン公爵はこの馬車には乗っていない。
パーデン公爵だけ自分専用の馬車に乗るんだって。
今回同行した帝国の護衛は赤髪三白眼さんを筆頭に三名で、王国の護衛は十名。
私たちは馬車に揺られて談笑しているけれど、護衛の皆さんは黙々と馬上で大変だ。
お昼の休憩を挟んで、夕方前には目的地に着くみたいだけれど……。
「なんだか、昼食後って眠くなるよね……」
「はしたないですが、わたくしもそうですわ……」
「私も、年には敵わないようです……」
すごくウトウトしちゃうわね。
昼明けの議会で一般質問なんかあった日にゃ、自分の太ももをつねって寝ないよう頑張ったりしたもんね。
タヌキジジイどもが議会中、カックンカクカクするのも分かる……。よくないんだけど……。
うん、馬車内だし……、みんなも眠いみたいだし、お昼寝タイムにしようか……――
「んっ……」
「目が覚めたか?」
あ、三白眼のギディオンの護衛の人ね。
「視察先に着きましたか?」
「本当におめでたい奴だな」
え~、なんでそんな呆れた顔をされなきゃいけないのよ。
馬車、いつの間に降りたのかな?
ギディオンはいるけれど、リリアナとチョキュール公爵は?
「ねえ、ギディオン?」
「なんだ?」
いやいや、三白眼の護衛さんに話しかけたんじゃないって。
「いやいや、貴方じゃなくて、ギディオンに聞いているんだけど?」
ギディオンってば、糸目だから確かではないけれど、少し視線が泳いでいる気がするな。
「俺がギディオンだ」
三白眼の人、しつこいなぁ。冗談を言われて本気で笑うって、ほとんどないからね?
たいていつまらんけど、愛想笑いしているのだよ?
場を面白く楽しくしてるって思っているのは、自分だけよ?
一度滑ったのを取り戻そうと、重ねてくるのはもっと酷いからね?
「だ~か~ら~、貴方じゃなくてギディオンに聞いて――」
「も、申し訳ございませんでした」
「ええっ!!?」
どゆこと? なんでギディオンが頭を下げているの?
ま、まさか――
「糸目皇太子も衝撃だったけど、目つきの悪い赤髪三白眼が本当の皇太子!?」
「おい、心の声がモロに出ているぞ? やっと理解できたか?」
まじか。完全に、騙されていた……。
「どうして騙したりしたの?」
「『神からのギフト』を帝国に持ち帰るためだ。じゃなきゃ、こんな茶番するわけねーだろ」
うっわー。皇太子殿下のくせに口が悪いで~すぅ!
「あんた、口が悪いわね」
「うっせ。あ~あ、こいつが俺だと思われていたと思うと、虫酸が走ったわ~」
「す、すみません……」
「ちょっと! 皇太子だかなんだか知らないけれど、偽ギディオンを虐めるのは止めなよ!」
顔合わせの時とか、偽ギディオンを睨み付けていたのってそんな理由?
「カレン様……」
「偽ギディオン、私たち、もう友だちでしょ? 友だちを馬鹿にされたんだから怒って当然よ!」
そうよ。この二週間、例え偽者だろうと、一緒に王国内を見て回って、仲良くなったんだもの。
あの時間と笑顔に嘘はない!
「へ~へ~。仲良しこよしにヘドが出るわな」
「おだまり! あんた、口だけじゃなく、性格も悪いよ!」
なんでこんなのが皇太子なの?
リンコーク帝国、終ってるんじゃないの?
「文句はちゃんと後で聞いてやる。レジナルドに気づかれる前に、帝国に向かうぞ」
「はあ?」
「聖獣は勝手にお前についてくるんだろ? 寝ぼけてないで出発だ」
ダメだ、こいつ話を聞くタイプじゃない。
なんとかして逃げ出さないと。
ここに帝国側の人間は、ギディオン×二と他に二人だけ。偽ギディオンはオロオロしているだけだから、実質相手は男三人。
まあ、本物ギディオン以外の護衛のガタイは、私より少しだけ大きいくらいか。
私を傷つける気はなさそうだから、お互い丸腰勝負かね。
くっ、やるしかないな! 日本の必殺技をお見舞いしてやる。『柔よく剛を制す』『柳に雪折れなし』
女だからって勝てると思って舐めんなよ!
私は男どもを蹴散らし、逃げおおせるのだと意気込んだ――