11 チョキュール公爵家
「パーデン公爵は、いったいなにを企んでいるのだ……」
チョキュール公爵は、パーデン公爵の動きに警戒感を強めていた。
ダイアンに代わり、グーリンデン公爵家をリリアナ嬢が跡を継ぐのは、これからの王国にとって悪くないだろう。
いや、むしろ、古臭い考えに囚われガッチガチなダイアンより、賢明なリリアナ嬢の方がはるかにマシだ。
そうチョキュール公爵は考えていた。
ところが、あのパーデン公爵が、三大公爵家の均衡を破り、キナ臭い動きをしはじめた。
妻の家を利用して、リンコーク帝国から皇太子を国内に招いたらしい。
グーリンデン公爵ダイアンが、レジナルド王の不興を買い発言力が落ちている今、自分がパーデン公爵の悪巧みを止めねばならない。
リリアナ嬢が正式な公爵となるまで、自分がこの三大公爵家の均衡を保とう。
真面目なチョキュール公爵は、正義感に燃えていた。
「よし、視察先に私も行くか……」
そして、チョキュール公爵は、リンコーク帝国皇太子と『神からのギフト』カレンが視察に訪れるという、穀倉地帯を目指した――
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「な、何をなされているの?」
「リリアナ~! 丁度いい所に来たね~? よかったら、貴女も一緒に収穫しよう~!」
ギディオン様と一緒に、こちらの世界での名前は『マルイモ』というらしいジャガイモもどきの収穫をしていると、なんと偶然、リリアナが通りかかった。
「……カレンがそう言うのなら……。メイソン、貴方も道連れよ?」
「はい……」
無敵の悪役公爵令嬢リリアナも、この状況にタジタジね。
そりゃあ、ご令嬢が、イモの収穫なんてしたことないでしょう。
乗馬服だったからよかったものの、いつものドレスだったら無理だったろうしね。
でも、リリアナと一緒にイモの収穫をできるなんて、絶対楽しいと思うのよ。
本業のみなさんには申し訳ないけれど、時々する農作業って楽しいもの。
「リリアナ~。『漆黒のドリル』はまとめた方がいいよ~」
「『漆黒のドリル』? 強そうな響ですわね」
「リリアナの髪の毛のことよ~」
あらあら、婚約者となったメイソンさんが、パパッとリリアナの黒髪をまとめ上げた。
い~な~。二人三脚感が羨ましい~。
で、はじめはおっかなびっくりイモの収穫をしていたギディオン様やリリアナたちも、掘ればゴロゴロと出てくるイモ掘りに大ハマリ。
「わたくしのが、一番大きいですわ!」
「わ、私の方は、小マルイモがたくさんついてきました!」
二人のはしゃぎっぷりに、思わずメイソンさんと顔を見合わせて笑ってしまったよ。
「な、何をなされているのですか?」
ん? このダンディーなおじ様はどちら様かな?
「チョキュール!」
「あら? チョキュールのおじ様。カレン、こちらの方は三大公爵家の一当主、チョキュール公爵よ」
おお、グーチョキパーが揃ったのね?
チョキュール公爵は私より少し背が高いから、この国では大柄な男性よね。
これがロマンスグレーっていうのかしら。ダンディーだわ。
「はじめまして、カレン様。皇太子のギディオン様も、ご機嫌麗しいようでなによりです」
あ、ダンディーなおじ様の、濃厚な整髪料の香りがするわ。
苦手だけれど、この方だと受け入れちゃうなあ。
ま、まさかの伏兵? ギディオン様と親しくなろうとしていたら、ダンディーおじ様との新密度が上がっていくんじゃないの?
ギディオン様は、やはり人見知りかしら。
チョキュール公爵と握手を交わしているけれど、相変わらずオドオドしている。
「カレンです。ファンドブルグ王国にお世話になっております。これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ王国と国王を頼みますよ」
おお~、力強い握手だわ!
なんか、男同士の熱い契りを交わしているみたい!
「ところで、皆さまでいったいなにを……」
あ! 私、手が泥まみれだった!
「すみません。手が汚れてしまいましたね」
「構いませんよ。楽しそうなことをしていたものですから、私も混ぜてほしいと思っていたところです」
おお~。政治家っぽい! たとえ漬物を漬けていたおかあさんの手でも、魚を捌いていたおとうさんの手でも躊躇せず握手するのよね。
『匂い? 気にしませんよ? 働き者のいい手だ、ハッハッハッ』ってさ。
そして、車に戻って『臭う』ってボヤキながら、ウエットティッシュで拭きまくるのよ。
でも、チョキュール公爵は口ばかりじゃなさそう。
腕まくりをし、イモの収穫を本当にしようとしている。
「さて、私も微力ながらお手伝いいたします」
「なっ、チョキュールまで……」
パーデン公爵としては、自分だけが手伝っていないみたいになって、立場がないわよね。
でも、無理強いする気はないから、別に嫌ならやらなくてもいいと思う。
「ふん、チョキュールもグーリンデンの跡取りも、農民のマネなど、下賎なことをするものだ!!」
いや、せっかく農家の皆さんも受け入れてくれて、みんなで楽しく収穫していたのにさぁ……。
「シラケさせるようなことは言わないでください。別にパーデン公爵に作業を強要していないのですから、お互いのやりたいことを尊重すればいい――あっ!」
「ぬっ、ぬわぁ」
あ~あ。民を馬鹿にしたバチが当たったわね。
ウネにつまずいてパーデン公爵ったら、尻もちをついてしまったよ。
きっと、神様が見ていたのだろう。
なんか、私がお小言を言わなくても良かったかもね。
農家の皆さんも、笑いを堪えるのが大変そうだ。
ホント、日本の古い政治家を見ているみたい。
地元の名士としてチヤホヤされ、先生と呼ばれ勘違いし、既得権益にしがみつく人間の前で偉ぶる。
民にはそれがちゃんと伝わっているのだよ。
「な、なぜ私がこんな目に!!」
「運動不足ではないですか?」
「ぐぬぬぬぬ」
ワナワナと震えて怒っているけれど、その怒りの矛先は自分自身ですよね?
ま、今の政治家も媚びることが当たり前になっていて、それはそれでよろしくないと思うけれど、パーデン公爵みたいな人がいたから、あんな風になったんだと思う。
政治って、けして悪いことをしているわけではないのに、なぜか政治家っていうだけで目の敵にされたりするようになったのは、選民意識を持ったり、悪事を重ねた奴がいたからだよね。
泥まみれになったことが許せなかったのか、パーデン公爵はお尻をプリプリさせ怒りながら帰ってしまった。
視察を投げ出すって、よくないですよー?
「以降は我々がご案内いたしましょうか?」
「いいですわね、チョキュールのおじ様!」
そうして、この日はリリアナとチョキュール公爵に案内され、ファンドブルグ王国の農家のみなさんと、たくさん交流することができた。
なんだろう……。リリアナパパーンが大人しくなった今、三大公爵家をパーデン公爵が一人でかき回しているだけでは?
「今日は、叔父上が失礼しました……」
「こちらこそ、大変申し訳ありませんでした。王国側の不手際です」
本当、これが相手国としても身内じゃなかったら、外交問題だよ。
ちょっと、パーデン公爵の件は、なんとかしていかないといけないわね。
リンコーク帝国のギディオン様に気分よく視察してもらう他に、自国の問題児、パーデン公爵をなんとかするという目標ができた――




