10 グーリンデン公爵家
で、とうとう本日、リンコーク帝国皇太子御一行が到着されたようです。
少しゆっくりされるため今日はご挨拶程度にし、明日から早速、私が視察に同行することになる。
いや、仕事だと思えばいいよ。異世界人の私が、王国を知るためにもなるってことも理解できるし。
でも、やっぱりレジナルド様がなにを考えているのか分からない。
燻った気持ちを抱えながら、御一行の元へ行く――
あ~、小柄で金髪糸目に軍服を着ているなんて、なんだか既視感があるわね~。
キャラクターまでそのままだったら、絶対に勝てる気がしないよ。
あのキャラ、すぅっっごく強いもの。
負け戦はしない主義、まずは相手の戦闘力を確認しておかないとね。
「リ、リンコーク帝国より参りました、ギディオンです。レジナルド様……こ、この度は急なお願いにも関わらずお受け入れいただき……あ、ありがとうございます」
「ああ。ご苦労」
ご、ご苦労って! レジナルド様、どんだけ偉そうなのよ! まずくない?
「そ、そちらの方が婚約者で、『神様からのギフト』のカ、カレン様ですね」
えっ!? 私にまで、そんなにビクビクしなくてもいいのに。
初めて見る雌型の巨人が恐いのかなぁ。私がギディオン様を取って喰いそうだもんね。
はっ!! 異世界人って、この世界の人からすると宇宙人みたいなもの?
私の身体から『ピギャアァァ』って、グロイ触手が出てきたりすると思われていてもおかしくはない?
まずい。そんな誤解はちゃんと解かないと!
精一杯の笑顔を作って、ギディオン様をお迎えしよう。
「はじめまして、ギディオン様。カレンと申します。明日からも私がご一緒しますので、よろしくお願いいたしますね」
とりあえずビクつきながらも握手をしてくれたから、『こいつに触っても溶けたりしない』って知ってもらえたとしよう。
でも、宇宙人に対して仕方ないこととはいえ、そんなに警戒されると傷つくわー。
私だってこの世界だとでかい未知の生物だけれど、メンタルは普通の女子だしさぁ。
なんとかこの期間で、怖がられないようにできないかな?
そんなことを考えていると、刺すような視線を感じた。ギディオン様の御付きの人か。
私よりも背の高い男が、鋭い目つきで睨んでくる。長めの真っ赤な髪を一つにまとめ、イカツイ感じ。
他の護衛の人はもっと小さいし、優しそうかな? まあ、こちらで一七〇㎝以上あれば、充分護衛になるんだろうね。
しかし、私は受け入れ態勢バッチリで、何にもしていないのに、敵意むき出しにされるのは気分がよくない。
って、違うな……。私じゃあないわ。ギディオン様を睨みつけているよ。
あの赤髪の三白眼の護衛、ギディオン様のオドオドが嫌いなのか?
自国の者としては、主にビシッとしてほしいのは分かるけれど恐いって……。
それに、ギディオン様は懸命に頑張ろうとしているんだから、別にいいと思うよ?
場数がギディオン様を立派な跡継ぎに変える可能性だって、充分あるんだしさ。
「こ、今回は、カレン様が私の視察に、ご同行していただけるのですよね?」
「ええ、そうです。私も王国に来たばかりです。一緒に視察に行って、国内を見てまいりましょう」
「はい……」
あ、ちょっと目が開いたよ! 照れ笑いなんて可愛いじゃないの。なんか、ちまい隣国の皇太子殿下に愛着が湧くかも。
そうよね。レジナルド様が他の男の面倒を見させるって、『俺、最強。カレンが他の男になんか、目移りするわけがない』って安心しきっているからだよね。
ねえ? レジナルド様? そのお綺麗なお顔は大変素晴らしいと思いますが、顔だけで女がついて行くとお思いならおお間違いよ!
釣った魚に、男はしっかりと餌をあげるべき!
いや、なんで私が、レジナルド様に釣られて惚れ込んでいる前提なんだ?
なんか負けた気になる。女はね、愛された方がいいんだよ~。
ちょっとは不安に思ってほしい。『カレンと離れるのが寂しい。でもそなたは王妃となるのだ、私の代わりに勤めを果たしてきてくれ』……とかさ。言葉が必要なんだよ~。
それでも私は精一杯務めを果たす。レジナルド様が嫉妬するくらい隣国の皇太子と仲良くなってやるよ!
――翌日――
やっぱり、デップリタプタプギットギト、パーデン公爵が視察について来た。
「おや? カレン様。本日は男のナリなどをして、大変まあ、よくお似合いですな」
くっそぉ~! 馬鹿にしやがって~!
変態そうなオマエがくるんじゃないかと思って、こちとらパンツスーツにしてんだよ!
このド変態が! あ、いけない。世の中には変態認定すると、余計興奮する奴もいるからね。
「パーデン公爵こそ、今日もツヤツヤテカテカでよろしいですね。私、最近、『ヴリティスバー』から抑えた、『ヴリティスヴァ』を使えるようになりましたの。ご覧になります? 公爵のお顔、焦げそうですけれど」
これ以上言うのなら、その脂ぎった顔に『ヴリティスヴァ』するぞ? 弱い魔法から系統立てて覚えたんだからね、火の魔法!
弱火にしてあげる私の優しさを感じなさい!
「ハハハハ。ご冗談もほどほどにしていただき――ぐはっ!」
背後からレジナルド様が、パーデン公爵に膝蹴りを入れていた。
「カレン、頼んだ」
「……はい」
庇ってくれてはいるのかな?
なにを考えているのか分からないレジナルド様に見送られ、私たちは視察先の農耕地帯へとやって来た。
「いやあ、今日は視察日和ですなぁ」
「そうですね、叔父上……」
わあ、ジャガイモみたいな根菜類の収穫をしているのね!
視察とはいえ、みんなが一生懸命働いているのをただ眺めているってどうなんだろう?
こちらの作物や農業について知りたいなあ。もっと近くで見たい。
なんなら収穫のお手伝いをしたい。
「意見交換の時間ってありますか?」
「いいえ。特には設けておりません。我が国の豊かな穀倉地帯を、お二人にご覧いただくための視察ですから」
見るだけなんて、上っ面になってよくないと思う。
自分で体験してみることが一番記憶に残るし。
「ここでの時間は何分とっているの?」
「三十分ほどですが、どうかされましたかな?」
「そう、充分よ。ギディオン様もご一緒しましょう?」
「えっ?」
そう言ってジャケットを脱ぎ、私は畑に入って行った――
******
グーリンデン公爵家の跡取りとなったリリアナは、カレンの状況を聞いて焦っていた。
「カ、カレンがパーデン公爵と一緒に視察に出ているですって!!?」
なぜだろう。なにかがモヤモヤする。それに、かの有名なドスケベ公爵だ。
カレンは大丈夫であろうか……。リリアナの胸中に不安がよぎる。
「こ、このままでは、わ、私のカレンが汚されてしまいますわ……」
パーデン公爵の色狂いは、貴族界隈でも有名な話だ。
一日中行動を共にしたら、大事な親友カレンの身に、貞操の危機が訪れるかもしれない。
「レジナルド様は、いったいなにを考えているのかしら!」
パーデン公爵の性質を知っているはずのレジナルドが、カレン一人に面倒事を押し付けたことに腹が立つ。
あのカレンである。余計に事が大きくなりかねないのではとも思う。
「あの無表情野郎! 役に立ちませんわね! ここは私が、カレンを護りに行くしかありませんわ!」
婚約者のメイソンが止める間もなく、リリアナは、リンコーク帝国皇太子御一行の視察に乱入することにした――




