1 転移した先は、王妃選抜試験会場でした
ここは、モーゼの海ですかね?
私にも、海割りが使えたみたい。ある意味気分がいいわ。
私の歩く先にいた人々がササアッと離れ、ヒソヒソと囁きながら距離をとっていく。
「まあ、奇妙な恰好の人」
「近寄らない方がいいですわよ?」
「シルエットが一直線ですわ。女性らしさのかけらもございませんわね」
はあ? 私、これでも一応ハイブランドばかりを取り扱っているファッション誌を毎月買って、雑誌掲載と同じ商品をポチっているんですけど!
この、グレイのストライプのパンツスーツ、いくらすると思っているのよ!
生地からして違うのよ、生地が!
恰好だけは、見くびられないように、散々お金をかけてきたんだからね……。
だって、もう、そこしかお金を使うところがないんだよ……。
あぁ、なんだか悲しくなってきたな……。
クッ。なによ!
コルセットかなんか知らないけど、貴女たちの腰が細過ぎで、本気で気持ち悪いんですけどー!
デコボコしているのが女らしいなんて言うのなら、そのヘコましたり膨らませたりしたドレスを脱いでから言ってみろってーの!
すっっんごーく香水臭いしー。
どんなキツイ体臭していたら、そこまで匂い付けする必要があるのか教えてくださらない? ってんだ。
――美杉 華怜――二十七歳、日本人。
どうやら異世界に転移しました。
なんで異世界だって分かったかって?
突然目の前に、人がバンバン出現してくるからよ。
だから私が突然出現しても問題視されず、大丈夫だったみたい。転移魔法ってやつなのかな?
どんな状況で転移したか?
そこは割愛。誰も興味ないと思うし、私だって異世界に転移したからって、特になんの憂いもない。
家族なし、彼氏なし、貯金なし。なし、なし、なしで、日本に戻りたい理由さえもない。
父は、小さな田舎町の地方議員をしていた。
毎回選挙の度に頭を下げ続け、気遣うことばかりだった母は五十代の若さで死んだ。
夫婦仲だけは良かった両親だ。後を追うように、母が亡くなった一年後、父も死んだ。
今の地方議員なんて国民年金だし、報酬比例部分が加算される厚生年金の方が断然いい。
私の老後は、満額もらえて月七万円もいかないし、これからもっと減額されるかもしれないし、何歳からもらえるのかも分からない。
本当、お先真っ暗。
いつも人に頭を下げ続ける両親を見てきたし、議員への憧れもまったくなかった。
ところが、こうるさい親戚に勝手に立候補の届出をされ、出馬するハメになっていた。
弔い合戦だとか、なんとか……。人の人生、なんだと思っているんだろう……。
小さい田舎町だから、若いのが珍しくて運良く当選したけれど、月の報酬十八万? 手取りでいくらよ?
上京してバイトした方が、まだましだったって。
議員になんてなってしまったら、バイトなんかできるわけないし、相手候補とのイザコザを嫌厭され、副業で雇ってくれる所もないのよ。
この若さで、一生カツカツの生活を送ることが、ほぼ決定したのかと思っていた。
唯一の癒しだった彼氏にも、選挙が嫌で逃げられたんだよ……。
彼氏まで、冷やかされたり、へりくだることを強要されたりしたんだって……。
あーあ。田舎町の議員なんて、やるもんじゃない。
「ん? 随分と珍妙な恰好をした奴だな? 女は全員通せとの陛下の命では仕方がない。とにかく、早く会場の中に入れ」
いやいや。あんたの方が珍妙な恰好ですよ?
何? 大人の男がカボチャパンツに白靴下って!
絵で見たことはあったけれど、生は笑いをこらえるのに苦労するよ。
ああ、声を大にして言いたい。
でもさ、侮辱罪でつかまっても仕方ないし、ここの情報も欲しいし、取りあえず言われたとおり入ってみよう。
人がたくさん集まる場所なら、聞き耳を立てていれば、得られる情報も多くなるしね。
そうして案内された先に、偉そうな男が一人立っていた。
「レジナルド様よ!」
「あのご尊顔を拝謁できただけでも、ここに来た価値がありましたわ」
「これから、王妃選抜試験を開始する。一次審査は容姿の審査だ。私の隣に並ぶに相応しくない容姿の者を、妃に迎える気はない」
この人が王様? 若いわね。
少なくとも、この人が結婚相手を選んでいるらしいのは分かったけれど……。
「それと、化粧を落とせ。スッピンを見せろ。女は化粧で誤魔化すからな。生まれてくる子が不細工では敵わん」
「上から目線で嫌な奴……」
「なんだ? なにか言ったか?」
ヒュ~ヒュヒュヒュ~♪ 脇を見て、口笛でも吹いてようっと。
「……。おかしな奴が混じっているな……」
ここなら色んな情報も手に入りそうね。
異国人で不法滞在した者は殺すなんて法があっても大変だけど、まだ分からないことが多い。
大人しく様子見して、まずはこの世界のことを探らねば。
高飛車レジナルド様は背が高い。軽く一八〇cmはありそう。
顔は整っていても、傲慢なのはいかがなもんかな?
だけど、レジナルド様以外のこの国の人は、日本人の私よりも背が低い。
男性でも一六〇cmくらいしかない。女性は一五〇cmくらいかな?
一六五cmの私が、雌型の巨人になってしまう。
人間の進化を感じるわー。
顔は欧米の人みたいに彫りが深くて、髪や瞳の色はカラフルでファンタジーなんだけど、傲慢王だけはモノトーンだ。
黒髪にグレイの瞳、その冷酷な感じをプンプンさせている言動にぴったりだ。
本当、無駄に顔だけはいいから勿体ないわね。
「お前はもう帰っていい」
「そ、そんな……」
「二度も言わせるな。帰れ」
百人以上居たであろう女性の集団も、サクサクと帰されていく。
どうも、傲慢王に釣り合わないと判断されるのは、背の低い人と、ファンタジー色が強いカラフルな容姿の人らしい。
背の高い人と、落ち着いた色合いの人が選ばれてゆく。
「いい背の高さだな。黒髪黒目も悪くない。その奇妙な出で立ちは、私の瞳を意識したのか? ……合格」
って、私も合格じゃない! 勘違いしないでよ?
私のこのスーツは、けして貴方を意識したんじゃないからね!
しかも、なんで試験に参加していることになっているの? エントリーしていませんよ?
あ、『女は全員通せとの陛下の命』って、カボチャパンツさんが言っていたわね……。
会場にいる女性は、自動エントリーなんですか……。
なにはともあれ、見事? 私は一次審査を通過していた。
通過者は、半分程度の約五十名。
落ち着きを払っている人も多いが、みなさん目はギラギラしているよね。
恐いわー。引くわー。女の執念をビシバシ感じる。
ここから早く、抜け出した方がいいのかな?
でも、脱出できたとしても、行くところが無いんだもんなー。
ここが城なら、試験で目立てば落ちたとしても、メイドさんとかで雇ってもらえたりするのかな?
一回はあのメイド服ってやつ、着てみたかったんだよねー。
じゃ、少し頑張って試験を受けてみますか!
どうせ王妃になんて選ばれたりするわけないんだし、一番偉い人にソコソコアピールできれば、異世界人でも犯罪者扱いされずに済むかも。
でも、勝負事って、なんか燃える質なんだよねー。
就職先を斡旋してもらうべく、異世界人でも認められるべく、この王妃選抜試験なるものを、私はソコソコ頑張ってみることに決めた――