習作
『赤い魔王は歌う人間嫌いの歌を赤い魔王は歌う人間嫌いの…∞』
正義の軍団が紅き鮮血の如き城を目指して進撃する。陽光を受けて煌めく鎧兜と槍の穂先が向けられる先は、禍の源たる魔王の居城だ。勇猛なる軍団に立ち塞がるのは魔力で仮初めの命を与えられた意志無きモノ達ばかり。無数のゾンビ、スケルトン、ゴーレムらが蹴散らされていく。
「恭敬!恭敬!赤心王様よりの御言宣である!大帰滅の時は来たれり!大帰滅の時は来たれり!」
妖艶な女の上半身、猛禽類の翼と下半身の妖鳥ハーピー達が妖しの城上空を舞い翔び詠うように告げる。ゴブリンが、オークが、コボルトが、魔物と人に呼ばれる者たちが、魔王の居城へと撤退する。
「君で最後だ将軍、今まで支えてくれて有難う」
赤いローブに身を包んだ男は立派な軍装をしたゴブリンに礼を言った。異界への門は閉じかけている。
「それは出来ないんだ。私は最後まで残って見届けなければならない。大帰滅を!」
ゴブリン将軍は彼等の言葉で赤いローブの男に恭しく何かを伝えた後、敬礼して異界の門の彼方に消えた。
「達者でね?ワーロック君」
彼は幼き頃、焼き尽くされたゴブリンの村で私に出会った。あの時、彼の瞳には私がどう映ったのか?
「助けてくれ…」
ゴブリンの少年が耳にした言葉は恐ろしい化物。つまり私から発せられ、絞り出された言葉だった。善と悪、光と闇の闘いに勝利した善と光の名のもとに、人間兵器“魔導師”として掃討戦、殲滅戦、に駆り出された私は敗残の哀れな魔物達を殺戮して廻っていた。
「神様もうたくさんです」
焼き尽くされた魔物の村で黒い雨に打たれて哭いた。
復讐に我を忘れて真の仇に気付かなかった、愚かで哀れな魔導師はビヨン・ド・ポーという。
「いいかい?異世界の少年。君の人生に、君を傷付けるモノは要らないのだよ。君は君が生きるべき君の世界で幸せにならなければならない」
異世界転生勇者は赤いローブの男に声を掛けられた。先駆けて突入したものの、城内の巧妙な仕掛けによって図らずも仲間とはぐれ、大聖堂とも思える広い部屋に出た。魔王の居城に不似合い極まりない聖なる空気が漂う。
「マンホールの蓋に塗られたチョコレートについて君は何が言えるか?」
場違いの空間で意味不明の言葉を投げ掛ける不思議な男に転生勇者は誰か?と問う。
「異世界の少年。誰だと問うのは本来私の方だが、君を我が聖なる祈りの部屋に招いたのは私。ゆえに、ようこそ!と言おう」
祈りの部屋?勇者は改めて見回すと、壁に掛けられた聖画に描かれているのは見目麗しき聖女。
「平和より自由より正しさより。彼女だけが私の望む総てだった。それを奪った忌々しい人間どもの世界など、いっぺん全部壊して帰滅すべきだと思わないかい?」
異世界転生勇者は理解した。このとぼけた赤いローブの男こそ、異世界に召喚された自分が倒すべき敵。魔王なのだと!
「ああそうさ、僕が赤い魔王だよ~ん?」
勇者は聖剣抜き放ち、おどけた顔した魔王に耀く剣の鋒を向けた。
「君はこの世界で一番強い。法術、魔術、剣術、どれをとっても本来は人生の多大な時間を消費しなければ身に付かない筈の高みだ。疑問に思わなかったのかね?」
この異世界へ転生した時には既に得ていた力だ。勇者は深く考えたことはなかった。
「召喚転生と同時にあらんかぎり強化を施す。異世界に生まれ、この世界に存在しなかった者だけに許される裏技だ。まったく、あざとい真似をする。聖女も地に堕ちたものだな?君が哀れで仕方ない!」
勇者は聖女を侮辱する魔王に怒りの表情を向ける。
「そう怒るなよアスク君。いいかね?悪とされる存在を外敵として、自らは善と称して正義の為に悪を滅ぼせと言い、恒久的に正邪の戦いを続けて存続の犠牲とするこの世界はおかしいと皆が気付くべきだったのだ!」
勇者アクト・アスクは聖剣の柄を固く握り力を込めた。
「まだ分からないのか!利用され哀れな人間兵器として戦わされ、いずれは人柱として悲しい運命を辿るのだ!彼女のように」
魔王は壁の肖像画を愛しそうに悲し気に見上げた。勇者アクトの精神に記録が伝えられた。それはあまりに古く、もはや伝説となり詳細など誰も覚えていないであろう物語。
「ほう?“カルマ”というのか、そのホムンクルス(人工精霊)は?この世界の“業”を背負わされた君の力の象徴・導く相棒とやらがそれとは皮肉だな?」
魔王の眼にも長き黒髪に賢者の如くローブを着こんだエルフ乙女が見えていた。
「では、君に囁く彼女にもっと聞いてみるがいい。今は魔王と呼ばれる私の過去など忘れて欲しかったがね?」
それは今から千年ほど前の“堕ちた英雄魔導師”の物語。カルマは語る。
『魔界より出現した剣聖魔王に世界の半分が支配され、幾多の陣営に別れて戦った戦国時代。邪悪な帝国に乗り込み魔王を倒さんとする数多の英雄達がいた。中でも聖騎士ハンニバルをリーダーとするハンニバル隊は、多大な犠牲を出しながらも12の聖剣に導かれ、ついに魔王の居城に討ち入り魔王討伐を果たした』
「“多大な犠牲”だってぇ!彼女は僕の腕の中で塵となって消えたんだ!この世の終わりと思ったサッ!」
カルマの思念に抗議する現魔王だが構わず続けた。
『そう、若年ながらも天才と讃えられた聖女がいた。英雄達の傷を癒し死者すら蘇らせ奇跡を行う。名を聖女ステューネと…』
「ああ、僕の母は幼い頃に母上を亡くされた彼女の乳母でね?兄妹のように遊んだものだ。本来、異邦人だった僕と両親を差別する事なく受け入れてくれたのサッ」
魔王は傍らの勇者に目もくれず壁の聖画に描かれた聖女を愛しそうに眺め続けた。
「それを、母上からの因縁だと暗殺され、僕は結局。彼女を守ることが出来なかった!聖騎士ハンニバル。剣聖ヘンリー。聖拳士タオ。戦乙女クララ。のような凄い戦士だったなら!魔導師の僕はダガーを何度敵に刺して立ち向かうも暗殺を阻止出来なかった!」
魔王はベルトに挿したダガーを右手で握りしめた。婚約のしるしとして聖女から魔導師に贈られたモノだった。魔王の左手には魔導師が聖女に贈った指輪が光る。
「民草に聖女の死は尊ばれ、崇め祀られ、忘却の彼方に消えた。そして、僕は仲間のもとから去った」
カルマは魔導師が仲間の一人から聖剣を盗んだ事を指摘した。
「ふん、嫌な事を聞くホムンクルスだね?そうだよ、あのシーフのジョンから盗んだサッ。盗賊に聖剣なんておかしいだろ?カギと罠を破るだけの奴は道具箱だけでいいんだ。まあ、あの時は散々罵倒されたけど」
そう、あの時。
『てめえビヨン!俺の聖剣返せ!役立たずの癖に足引っ張るじゃネエ!お前は魔法使いじゃなくて阿呆使いじゃネエか?』
聖剣は魔を倒すという目的を果たす為なら、使い手の品格をなど問わない。だから、可哀想なハーフリングの姫を散々立場を利用しておいて捨てて、顔と身体の見てくれが良いだけの蛮族女に鞍替えしたゲスにも使われる。ゲスらしい罵倒を聞き流して、ビヨンは癒し手レイチェルに、限界となって倒れた剣聖と勇者の傷の手当てを頼んで魔王の前に立った。
「未熟。我が人として生きた時代に劣る勇者どもだ。地に堕ちたものだな?」
魔王の嘲りと言うより嘆き。仲間にビヨンと呼ばれた魔導師を一瞥した。
「そなた魔導師か?我に攻撃魔法など効かぬが?」
魔導師ビヨンは短く浮遊呪文を唱えると魔王玉座の謁見広間の天井の高みに至った。
「人の身で我を見下ろすとは豪気な者よ!まあ赦そう。さあ、貴様の術を放たぬか!」
剣聖魔王は大剣の鋒を不遜な“たかが魔導師”に向けて催促すると、陽炎が立ち上る程の気力を込めて構えた。あらゆる攻撃魔法を文字通り“切り払ってきた”究極の型だ。
「此の世の全てを聖なる剣に載せた一撃、いざ!」
「剣など知らぬ魔導師が殊勝な事。だが赦す。参られよ!」
剣聖魔王は興がのったのか?茶番に付き合ってやることにした。そもそも“聖なる剣”とは?魔導師が聖剣を振るうなど有り得ない。おおかた魔力の力場を剣に見せ掛けた下らんモノだろう。
「コード、オールナイン!総てを貫く聖剣に此の世の総てを載せて…。」
光輝く無数のルーンの文字と9を示す数字が9つ、方円を描いて魔導師ビヨンの前に顕れた。
「ゲート・バスター!」
そう唱え手に顕れた“銀の小鍵”を円の中心に差し込むと、何かが眩い圧倒的な光と共に放たれた。剣聖魔王の驚異の動体視力は捉えた。それは聖剣そのものだった!
「貴様、馬鹿かッ!?」