おかねをすてるさいふ
洞窟のくらい穴の中を、光るからだで先導しつつひらりふわりと飛ぶオオトリさん。ちょうちょの子供はその光のみちすじをたどるように、あとを追って飛んでいます。やがてオオトリさんの向かう先に、まぶしい穴が見えました。
「あそこに出るよ、付いてきて」
オオトリさんがうしろを飛んでいるちょうちょの子供に首を向けて声をかけます。ちょうちょになった子供はうなずくことはできませんが、より羽根をパタパタうごかしはやく飛ぶことでじぶんの気持ちを伝えました。オオトリさんは静かに首をうなづかせ、前を向きます。オオトリさんとちょうちょの子供はまったく同時にくらい穴からあかるい洞窟へと飛び込みました。
あかるい洞窟に抜けると、そこにはまた舞台があり、劇の幕が上がっていました。
「こんどはなんの劇でしょう?」ちょうちょの子供がききました。
「はは、なんだろうね。気になったのなら、また舞台の中に入って、探検してくるといいよ」
オオトリさんの言葉に、ちょうちょの子供は考えました。また首をかしげるようなないようの気がしたのです。今度は行くのをやめようと思いかけたとき、オオトリさんがもう一言くわえてきました。
「頭で考えて時間をつぶすのもいいけれど、それじゃぼーっとしているのと同じだ。劇の中の人みたいに、動いてみてもいいんじゃないかな?」
オオトリさんの話を聞いてちょうちょの子供はもういちど劇を見ました。じーっと目をこらしてです。するとあることに気付きました。劇の中の男の腰から金貨がおちているのです。
ちょうちょの子供はたいへんだと思い、一目散に舞台の中へと飛び込んでいきました。
舞台には街があり、そこに男がいました。働いているようです。でも顔つきはこわばっていて、鬼気迫るものを感じます。お金を拾おうとやってきたちょうちょの子供は、男に話しかけました。
「なにをしているのですか?」
「働いているんだよ」
「すごくいっしょうけんめいですね」
「当然さ。働けるうちにたくさん働いてお金をたくわえておかないといけない。一寸先は闇、明日どうなるかもわからないんだ。備えをしておかなきゃ夜もねむれない、だから働いているんだ。さあさ、邪魔だからどいておくれ」
男のけんまくにおされ、ちょうちょの子供は男のまえから飛び去って、後ろにまわりました。そこには男が腰につけている財布が、金貨をはきだしています。ちょうちょの子供は財布にたずねます。
「すみません財布さん、なんで男の人がかせいだ金貨をはきだしているんですか?」
「必要ないからだよ」
財布の返事はこうとうむけいで、ちょうちょの子供は首をかしげます。すると財布がしゃべりだしました。
「ぼくはこの男に買われた財布だ。ぼくを買ったということは、この男が使うお金はぼくに入る分でことたりるんだ。それなのにこいつは将来がふあんで、毎日毎日働きづめ。稼ぎがじゃんじゃん入ってくるのに、使う分がつりあってない。このままじゃぼくが壊れてしまうし、どうせあふれてこぼれちまう。だからぼくは毎朝9時にこいつが働きだすのにあわせて、かせぎが入るよう中の金貨を吐き出しているんだ。こいつはそれにも気付いちゃいないのさ」
そう言って財布はいちまい、またいちまいと金貨を道ばたに捨てていきます。ちょうちょの子供がその先に目を向けると、大勢のおとながおちた金貨を拾っていたのです。おどろいたちょうちょの子供はおとなたちに詰め寄りました。
「その金貨はあの男の人のかせぎですよ」
「そんなことは知ってるよ」
年老いたおじいさんが拾った金貨を自分のふところに入れて答えます。
「あいつはよく働くしよくかせぐ。でもお金の使い方はへただ。だから財布もあんな苦労をしてる。どうせ使いきれないお金だから代わりにわしらが使うんだ。わしは50年働いたけど、もうよぼよぼになって満足に働けない。でも生きているからお金がひつようなんだ。まわりの連中もおなじだよ」
おじいさんといっしょに金貨を拾っていたおとなたちはちょうちょの子供を見上げてうなずきました。
「ぼくには片足がない。みんなとちがうのはそれとかせぎの額だ。義足もつけて歩けるし、机の上でおんなじ仕事をしていても、かせぎには差がある。足りないから拾ってる」
「あたしは仕事がつづかない。話すとふんいきを悪くするってもうなんかいもクビになってるわ。お金がかせげないから拾ってるの」
「私は役所のものです。この方々のように、世の中にはがんばってもじゅうぶんにかせげない人がたくさんいます。一部の人がおかねをどくせんしてもいいことはありません。国もお金がないとこまります。だから拾わせてもらってます。ここにはまだ金貨があります。あなたも持っていくといいでしょう。ほら」
役人さんが金貨を拾ってちょうちょの子供にさしだしてきました。ちょうちょの子供はふるえあがってすぐにその場から飛びさり、オオトリさんのふところに逃げ込みました。そのすぐあとでした、幕がおりたのは。
「だいじょうぶ?」とオオトリさんが声をかけてくれますが、ちょうちょの子供はふるえがとまりません。
「とてもこわかったです」ちょうちょの子供はじぶんが今かんじていることをしょうじきに話しました。そしてオオトリさんからはなれてこういいました。
「はやくつぎのばしょへいきましょう、オオトリさん」
オオトリさんはうなずいて「では、ついておいで」とまたどこかのくらい穴へ飛んでいきました。ちょうちょの子供もそれを追いかけました。