第七話 『試練』開始
「は?何だ、これ?」
「え、何なに。どうしたのさ?──《鑑定》…げっ」
霧属性の紫色。高いレベル。そして何より──【固有能力】。
間違いなくこのステータスの持ち主こそが『例の魔物』だろう。
「まずいな……」
「あー!?《生命吸収》だ!ミロロが倒れたのコイツのせいかぁ」
「森全域がコイツに覆われているとすると森を抜ける前に吸い尽くされるぞ。何か手は無いか?」
《平和世界》を隠しておきたいショージはメイに解決策を求めた。…そもそも《平和世界》では魔力消費が激しすぎ、こうした持久戦には向いていないこともある。
「うーん…無くも、ないけど……使う?使うかぁ…」
「《転移》系統の魔法使うなら気を付けろよ。なんか魔法が使いにくかった」
恐らくは《魔力吸収》の影響だ。未だ目の前に浮かぶステータスプレートの《魔力吸収》の文字に対して《鑑定》を使用すれば、更に詳細な情報を得られた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
《魔力吸収》:対象の魔力を吸収する
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
こうやってステータス内の【能力】を更に鑑定するのは『二重鑑定』と呼ばれる技術であり、相手が使える魔法を読み取ることもできる。……尤も魔物に対して使っても文字が読めず、どんな魔法を使うのかは分からないのだが。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
《霧魔法》:《■》《■■》
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
精々分かるのは使える魔法が二種類ということくらいだろうか。
まあ今はそんなことは置いておこう。重要なのはそこではなく、《魔力吸収》の特性だ。説明の中にある『対象』とは一体何を指すのか。使用された魔法だけであるならばまだ良い。空気中の魔力を無尽蔵に吸収するのもまだ良しとしよう。だがこれが生物を『対象』と見なすとすれば……
「あ、あれ?ちょっと待って、私の魔力が…減ってる?」
「やっぱりか……」
メイが虚空を眺めながら呟く。恐らく自分のステータスプレートを見ているのだろう。ショージが魔物のステータスを見れば、MPが更に上昇している。元々最大値は越えていたのはこれが原因だった。
「……ふぅ。分かった、やるよ。た だ し!今からやることは他言無用でね?」
「お、おう」
《空間魔法》の存在を既に知っているショージに対して今更念を押すメイ。それはつまり《空間魔法》以上の切り札があるということであり、恐らくそれは──
「──《自在転移》」
【固有能力】。『世界』系統以外は魔力が無くとも使用でき、魔法と違って共通語が発動句になっている。
ああ、紛れもない【固有能力】だ。決して《空間魔法》のような小さな物では無い。では、その効果とは……?
「……おい、何も起こらないんだが」
「あれれ?おっかしーなー。一旦レタンに戻るつもりだったんだけど…」
「つーか、さっきのって【固有能力】だよな?共通語で使ってたし」
「えへへ~。…ノーコメントで」
「なるほど。なら──《鑑定》」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
名前:メイ 種族:人間
状態:疲労
Lv.24 HP:764/1250
MP:1914/2400
【能力】:《空間魔法Lv.6》
《鑑定Lv.7》
《共通語Lv.6》
【固有能力】:《自在転移》
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……なあ」
「何かな?【固有能力】なんて無いでしょ?」
「メイってもしかして転生者?」
「はぇっ!?なななな、何のこっ、ことかな?」
滅茶苦茶に動揺している。ショージは確信を持った。
「《共通語》の前に【能力】二つだから、生まれた時からその二つは持ってたんだろ?普通の【能力】は二つまで、が転生のルールだよな」
「な、何でそれをっ!?あっ、いや。何でもないっ!」
「……はは。まさかこんな所で転生者が見つかるなんてな」
「だーかーらー。アタシはそんなんじゃ無いって」
今更取り繕えると思っているのか。
「隠さなくても大丈夫だ。何しろ俺も転生者だからな」
「……へっ?」
「──《平和世界》」
ショージを中心に、馬車を囲う大きさの白いドームが形成される。
「いや、あのー…『世界』は【固有能力】の証明として微妙なんだけど……」
「あー、そうだな」
「ま、信じるけどね。転生についての話を知ってたし、何より……名前が日本人っぽい」
「そこか!?」
「何驚いてんのさ?アタシもこの世界でいろんな人と会ってきたけどそんな名前は初めて聞いたよ。…と言うわけで改めて、初めまして。小鳥遊芽依です。こんな状況だけどよろしくねっ!転生者くん?」
──転生者。それも女。
転生して以来ずっと探してきた、この旅の目的の一つである可能性が極めて高い。その存在を前にしてショージは心臓がバクバクと脈打つのを感じた。
「なあ、一つ聞くぞ」
「うん?何かな」
「前世の、死因は?」
前世にて自分が守りきれず、トラックに轢かれて死んだ少女。メイは彼女なのか?
「うーんと……事故死、かな。電車の」
「電車?」
「うん。足滑らせて駅のホームかろ落っこちちゃってさ。いやぁ恥ずかしい」
「そうか。そう、か…」
別人だったらしい。ショージは何でも無いかの様に取り繕ったが、落胆の表情は隠し切れていなかった。それを誤魔化そうと、ショージは話を続ける。
「俺の名前は森宮正司だ。とにかく、俺の《平和世界》である程度時間は稼げる。その間に道を引き換えそう」
「それはまぁ良いんだけど…何でアタシの《自在転移》が失敗したのかな?」
「《魔力吸収》で妨害されたんじゃねぇか?」
「え、何それ」
「この魔物【固有能力】持ちみたいなんだよな」
「なるほど、どおりで……うん?キミ、《鑑定EX》取ったんだ?」
「ああ。どっかの誰かさんに普通の《鑑定》取られてたからな」
「あは。ごめんね~」
情報交換しつつも二人は移動の準備を進める。ショージの魔力を節約し、少しでも長く《平和世界》を展開するためにミロロの回復は回復薬を使用。と言うかそもそもショージは《平和世界》の発動中に《回復魔法》が使えない。魔法の並列使用ができないのと同じ原理だろうか。
「さて、走り出せたのは良いんだけどさ……」
「ん?何かあるのか?森を抜ける分のMPはあるぞ?」
ショージの魔力はまだ潤沢に残っており、吸収される分を差し引いても30分弱は《平和世界》を発動していられる。ショージの言う通り、元来た道を戻る程度の時間はあるだろう。
「いや、そのさ。今日って朝から霧があったじゃない?あれもしかして全部魔物だったりして…なんて」
「そんな訳が……いや、あり得るか?」
「さっきその証拠見つけちゃったんだよね…コイツのHP見てみてよ」
ショージが目をやればそこには未だ上昇し続ける魔物のHPが。『対象』であるショージ達からは吸えていないにも関わらず、だ。
「町の人から吸ってるんじゃないかなーって」
「マジかよ」
「それで、一つ相談なんだけど…正直ここで逃げるのは得策じゃないと思うんだ。いずれはMPも切れちゃうからね。それよりもさ……」
メイは少し区切って、呼吸を挟む。そして笑顔を作り、言った。
「倒しちゃおっか、アイツ」
今までは考慮していなかった選択肢。それをメイに提示され、ショージは戸惑った。しかし迷いを棄てさせるかの様に更なる後押しが来る。
それはメイではなく、魔物でもなく、もちろんショージ本人なんかではない。では、誰か?
【《剣術EX》の試練を開始します】
『世界の声』が、静かな森に響いた。
──さて、貴方はその剣で何を為しますか?
一章ボス:「時間制限」スタート!