第六話 出発、そして──
それから二人は依頼内容についてや旅の日程について話し合った。
今回はショージが王都に行くためにメイへ頼んでいることもあり、報酬は特に無い。強いて言うならば王都への輸送料免除だろうか。
一方仕事の内容と言えば、《探査》で魔物の位置を把握。そしてそれをメイに伝えることだ。無論、魔物に既に気付かれていて逃げ切れないような時は護衛として戦うことになる。
「あ、そうだ。《鑑定》しても良いかな?」
「《鑑定》持ってるのか」
「まぁね。それで、どうかな?」
《鑑定》を他人に使うことは国が禁止している。緊急事態の時や相手の許可があれば構わないのだが、道行く人に《鑑定》をかけて回るのは犯罪だ。
……《鑑定》を使ったかどうかは他人から見て分からないため抑止力になっているのか疑問であるが、ショージは今の所これを守っている。メイも同様だろう。
「まあ、良いぞ。別に見られて困るような物は無いし」
「それじゃ、遠慮なく──《鑑定》」
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名前:ショージ 種族:人間
状態:普通
Lv.33 HP:1700/1700
MP:3300/3300
【能力】:《回復魔法Lv.2》
《探査Lv.4》
《共通語Lv.5》
《解体Lv.1》
《鑑定Lv.3》
《剣術Lv.2》
《思考加速Lv.3》
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恐らくメイにはこんな風に見えている。要するに【固有能力】は普通の《鑑定》では見えないのだ。《鑑定》と《鑑定EX》を自分に使って調べたから間違いない。
……この性質上【固有能力】を持っていることがバレる可能性は限りなく低いのだがショージはそこに気が付かず、過剰に警戒している。
「あれ、キミも《鑑定》持ってるんだ。しかもこの位置ってことは自力修得?」
「あ、ああ。旅しながら色々と見てたら修得できた」
「ふぅん……」
少々痛い所を突かれてショージは誤魔化す。何故か《鑑定EX》を使っている内に通常の《鑑定》も修得したのだ。新しく修得した【能力】はステータスの一番下に追加されるため、ショージは最近《鑑定》を修得した様に見えてしまう。
「で、《剣術》はいつからやってんの?」
「うぐ…」
これだ。これが一番困る。
剣を扱い始めたのはそれこそ子供の頃からだ。いや、前世で剣道をしていたのを含めればもっとか。
それなのにステータスプレートをによればショージは《剣術》を始めたばかりらしい。【固有能力】まで見ることができればその限りで無いのだが。
「メインは《回復魔法》だからな。護身用に剣使ってたら何時の間にか修得してた。一応2年ほど前からやってはいるけど」
「う~ん…まあ元々魔物は回避するつもりだから大丈夫かな。一応訊くけどゴブリンは何匹までなら戦れる?」
《平和世界》込みの実力ならゴブリン程度数十匹同時にできなくもない。とは言え【固有能力】を見せるつもりは無いため、あくまで客観的な戦力を考える。
「多くて3体、か?囲まれるのを考えると4体はキツい。あ、護衛のこと考えると3体もキツいかも」
「アタシも一匹くらい相手できるから護ることはそんなに考えなくていいよ。それより敵を減らすのを優先で」
「はいよ。ま、戦わないのが一番なんだが」
「キミの《探査》には期待してるよ?」
「任せろ」
そろそろ話すこともなくなってきただろうか。追加で運ばれた肉も大皿を二人でつつき合って完食した。……殆どをメイが食べていたような気もするが。
「後は…あ、そうだ。一応ギルドの方に指名依頼入れとくから明日までに受けといてね」
「良いのか?仲介料取られるだろ」
「それくらい安いモンだよ。今後《転移》使いまくって稼ぐお金に比べればね」
「……やり過ぎんなよ?バレるぞ」
「怪しまれたらまた似たようなことやるから手伝ってね?」
「時間があったらな」
「あれ、脈アリ?断られると思ってた。『面倒事に首突っ込みたくない』とか言って」
「もう首は突っ込んでるんだよなぁ」
「あは、そうだね」
会話しつつも帰る仕度をする二人。仕度とは言ってもメイは《鞄》があるしショージはそもそも背負い鞄一つだけだ。すぐに終わってしまう。
「それじゃ、支払いはアタシがしとくから。…ああ別に気にしないで良いよ。その分働いて貰うから」
「分かった。精一杯頑張るさ」
男としてどうなのかとは思うがそれを飲み込むショージであった。
………………
…………
……
…
「お、ボウズか。どうした?」
ギルドで依頼を受けたり今後の準備をしていたらあっという間に夜。寝るために待合所に戻る前に船乗りのオッサンの元へ訪れた。
「明日くらいにこの町を出ることになってな。宿っつーか待合所を引き払うからその報告に」
「そうか。そう、か…オメェ本気なんだな。確かにランクを上げるならこの町より王都の方が良い」
「らしいな」
オッサンは少し悲しそうな顔をするも、すぐにニヤリと口角を上げた。
そう言えば彼の名前を知らないと思いショージが訊ねれば、
「バイカーだ」
と端的に帰ってきた。
「そういや、雨降ってんのにボウズは何やってたんだ?」
「女とデートしてた」
本人も居ないのに意向返しをするショージ。悲しくならないのだろうか。
「でぇとだ?何だそれ」
「ん?……ああ、そうか」
そう言えばこの世界にはデートという言葉は無かった、とショージは思い出した。
「まあ、その、なんだ。一緒に食事した」
「はぁん?若いねぇー。ま、程々にな」
そうしてバイカーはショージの背中を叩きながら笑った。さっきまでも笑ってたのに更に大きく笑った。
「それじゃ、俺はもう寝るから」
「おう。またな、ボウズ」
「ショージだ」
「早く寝ろよ、ボ ウ ズ」
「……はぁ」
どうして人の話を聞かない奴がこんなに多いんだ、とショージはため息をついた。
「……あれ、そう言え、ば…メイはデートって…?」
寝袋の中で一日を振り返って一つの疑問が生じる。しかしそれがハッキリとした形を持つ前に眠気がショージを襲った。
小さな謎は睡魔の中に埋もれ、翌朝にはもう掘り返せないほど深く記憶の底に沈んでいた。
「──さあ、出発ぅー!」
夜中まで降り続いた雨は既に止み、周囲には朝靄が立ち込めている。それは晴れとは言えないものの、馬車の走行の妨げになるほど濃くもない。メイはこの天候に対して「出発」と結論を出した。
ガタガタ、ゴロロ
昨日の雨でぬかるんだ地面は少々の衝撃を吸収し、しかしそれ以上の揺れを引き起こす。メイもショージも余計な会話は無く、ショージに至っては《探査》へ集中するために目を閉じていた。
冷たく湿った風が頬に当り、眠気は完全に吹き飛んでいる。たまにメイが「お~い、起きてるか~い?」と御者席から呼び掛け、ショージは「大丈夫だ」なり「起きてる」なりと返事をした。そもそもこんな揺れの中で眠れると本気で思っているのだろうか。
馬車が走り出して暫くすると続いていた緊張感も消え、普段より激しい揺れに慣れたメイの軽口を叩き始める。幸い道上に魔石の反応は無く、魔物との戦いが起こらないまま一行は森に辿り着いた。
「うっひゃー。霧で真っ白。……ねぇ、ほんとーに例の魔物は居ないんだよね?」
「ああ。少なくとも予定してるルート上には居ない」
「オッケー。それじゃ、入りますか」
霧で日の光が遮られているのだろうか。視界は白い筈なのに薄暗い。森の中は更に湿度が高く、ふと剣の柄を触れば水滴に覆われてしまっていた。慌てて布で拭き取ったりと、ショージの方も《探査》以外のことをする余裕が生まれている。
──それがいけなかったのだろうか。遂に問題が発生した。
「ミロロ?……ミロロ!?」
突然馬車が止まり、メイが馬の名前を呼ぶ声が響く。
ショージが馬車を降りて駆け寄るとそこには膝立ちの馬と、それに寄り添うメイの姿。
「あっ、ショージ君!キミ《回復魔法》使えたよね!《回復》お願い!」
「おう。…ちょっと先に──《鑑定》」
ケガの部位を確認しようと《鑑定》をかける。しか、し魔石を持たない生物特有の黒いステータスプレートに刻まれていたのは『状態:疲労』の文字。確かにHPは減っているものの、どこにもケガは無い。
「早く!」
「あ、すまん──《回復》」
とりあえず部位指定無しで回復させる。……だが、
「おかしい。回復量が少なすぎる……」
100程度の魔力を注いだにも関わらず、HPの回復は異常に少なかった。それどころか今も減少し続けている。
「ねぇ、そう言えばキミさあ……」
「ん?何かあったか?」
「例の魔物が霧属性って言ってたよね?凄く、すごーく、嫌な予感がするんだけど……」
「いやまさか…魔石はかなり遠くにあるんだが。まぁ一応──《鑑定》……はっ?」
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名前:なし 種族:グリーディミスト
状態:普通
Lv.54 HP:8624/1421
MP:11374/6725
【能力】:《霧魔法Lv.4》
《生命吸収Lv.5》
《気体Lv.7》
《偽装Lv.2》
【固有能力】:《魔力吸収》
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何も居ない筈の空中に、紫色のステータスプレートが浮かんでいた。