第二話 港町より
特に並ぶこともなく、冒険者カード一枚で検問を抜けることができた。
例の魔物の件で警備は厳重になっていたが、外から来る人が少ないようで警備兵は暇を持て余していた。
ここ数日で来たのは、護衛も雇っていない商人の馬車が一台だけだそうだ。
さて、検問を済ませ無事に町へ入ったショージが向かうのは、冒険者ギルド。
新しく町に入った冒険者はまずギルドへ顔を見せるのが義務、というかそうしないと捕まる。
この仕組みが無いと冒険者カードを偽装して検問を抜け放題になってしまうから当然と言えば当然だが。
ギィ、
ドアを開ければ、閑散としたギルド内部が目に入る。
ショージに気付いた受付嬢はショージの格好を見て、
「いらっしゃいませ!ご依頼ですか?」
民間人だと勘違いした。
ショージは《平和世界》のお蔭で防御を気にする必要がなく、装備も最低限だ。冒険者に見えないのも仕方の無いことかもしれない。
「いや、冒険者だ。今日町に来たから、その報告に」
「なんだ、そういうこと……ならとっととカード寄越して下さい」
若干口調が悪くなった。最初のは余所向きの言葉遣いだったようだ。
相手が冒険者だと分かっても敬語を使っている辺り、ド田舎とは違う。
ショージがカードを差し出すと、それを受け取った彼女は備え付けてある魔導具にカードを触れさせる。
ショージからは見えないが、魔導具の画面のような部分に幾つかの文字列が表示された。
「王都から来た、ショージさんですね。魔物の討伐はゴブリン一匹、と。何かおかしな所は?」
「いや、それで合ってる」
「それじゃ、カードと……後これ、報酬金です」
冒険者カードと銅貨を五枚、それらを差し出しながら、受付嬢はショージへ尋ねる。
「討伐一匹って……馬で来たんですか?」
「一人で歩いて来たんだが、魔物がほとんど出なくてな」
「一匹だけ……?森の中も通ったんですよね?」
「ああ。と言うか、森の中では出てこなかった。俺も不思議だと思ってたんだ」
「ん~……取り敢えず上に報告しておきますね。多分最近騒がれてる魔物のせいですけど」
受付嬢は手元の紙に少し書き込むと、それでこの話題は終わったとばかりに、
「港町レタンにようこそ!我々冒険者ギルドはあなたを歓迎します!」
定型文を口にした。
どこのギルドでも始めにこれを言われているし、恐らく受付のマニュアルに書いてあるのだろう。
初めの内は聞く度にワクワクしたが、今となっては「またか」としか感じない。
ショージは軽く聞き流すと宿を探しにギルドを出ようとし、しかし出なかった。
「そういえばさ──」
一つ、聞き忘れていたことがあるからだ。
「次に出る船っていつだ?」
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数分後、ショージは町の大通りを疾走していた。
なけなしの魔力を全て身体強化に使い、全力で港へ向かう。
【身体強化】の説明を少ししようか。これは【能力】にはカウントされない、単なる技術だ。MP──魔力を体内の特定部位へ集めることで、その位置の筋力を上げることができる。強化倍率は人によって違うが、最大HPが大きい程強く強化される傾向があるようだ。魔法系の能力を持っていない人が冒険者をするなら必須と言っても良いだろう。
ついでに言えば、魔力の属性によっても強化のされ方が違うらしい。イマイチ分かっていないが、多くの属性を持っている人程強く強化されるのだそうだ。属性が一つでも水属性は他と比べて強いとか何とか。ちなみにショージの持つ回復属性はあまり強くない。
ショージは先程の受付嬢との会話を思い返していた。
「今日出航とか、マジでふざけんなよ……!」
彼女から告げられたのは、無慈悲な宣告。今日の昼過ぎに船が出て、次はいつになるか分からないという話だ。
幸か不幸か、船の見送りに行っていてこの大通りに人は居ない。
全力疾走しても迷惑はかからないという訳だ。
「ここまで来て一年待つとかは御免だ……」
息を切らせつつもたどり着いたショージが見たのは、旅立っていく船だった。
正確には分からないが、数ヶ月、長ければ数年間待たされることが決定してしまった。
ショックで項垂れているショージに、一人の男が話し掛けてきた。
「ボウズ、さっきの船に乗りたかったのか?」
ショージは男の顔を見ると、言いたくなったことを堪えて頷いた。
何を言いたくなったのかは秘密だ。ただ一つ分かっているのは、男の言うボウズは禿げ頭ではなく小僧の方だろうということだけだ。
「あの船か……ちょっと待ってろ。次の出航日を調べてくる」
そう言うと、近くにあった待合所のような建物に入っていった。
暫くして、帰ってきた男はショージに告げる。
「次のクラーク行きの船は四ヶ月後みたいだが……」
四ヶ月。予想していたよりも短い。だが、問題はそこではない。
「クラーク、行き?」
「ああ、そうだが。もしかして別の船か?」
「…………ああ」
失念していた。
港なのだから行き先は様々で、自分の行きたい場所への船はその中の一つに過ぎないのだ。
ゲームの様に二ヶ所の間を行ったり来たりするだけの筈がなかった。
気が抜けて、旅の疲れがどっと押し寄せる。
それでも何とか堪え、男との会話を続けた。
「それで、ボウズはどこに行きたいんだ?」
「魔大陸だ。ここからしか船は出てないと聞いてな」
「魔大陸だぁ?ボウズ、諦めろ。あそこへの船は定期船じゃない。ギルドからの依頼で出すんだよ。そんで、ここ最近はそんな依頼を出す奴は居ない。……ニ、三年ばかり前ならしょっちゅう出てたんだけどな」
「なら、俺が依頼を出せば?」
「コレは依頼を出すのにもある程度の資格が必要だ。ボウズは冒険者だな?冒険者ランクなら……最低でもBランク。同行者にAランクが一人は欲しいな」
「Bランク……」
「勿論ボウズがAランクに成れば一人でも依頼は出せるが……そこに辿り着くまでに時間はかかるだろうな」
ショージの現在のランクはDランク。基本的にランクを一つ上げるのには数年かかるから、Bランクに成るのも大変だ。
「それじゃ、あれか。俺はまた、何年も待たされるのか……」
ああ、駄目だ。
完全に緊張の糸が切れた。
意識が遠退き、体は崩れ落ちる。
「おい、どうした、ボウズ!」
男の声もどこか遠く、ボヤけていた。
──おやすみなさい、