第一話 Solo Party
一人の少年が一本道を歩いていた。
頻繁に使われる道のようで、草が一本も生えないほどに踏み固められている。
ガタガタゴロロ
一台の馬車が少年の後ろから走ってくる。
商人の様な男が自ら御者をしていた。
馬車は、大きな荷物を背負っている少年を軽々と追い越して行った。
「ちぇっ」
少年は毒づくと、頭の中で呟いた。
馬車があるじゃないか、と。
冒険者ギルドで聞いた話では、変な魔物が出ていて馬車は全て止まっているとの事だった。
先を急いでいた少年は魔物騒ぎが落ち着くのを待たずにその町を出て、徒歩で向かっていたのだが……
「もう少し待てば護衛依頼出てたか?」
そう言ってみるも、すぐに否定する。
御者台の商人以外に人の姿が見えなかった。見張りが居ないということは、護衛の冒険者を雇っていないのだろう。
自分の腕に自信があるのか、それとも雇う金が無いのか。
どちらにせよ、今の状況で一人旅は危険だなぁ、と自分の事を棚に上げて考えていた。
一本道の先で、一台の馬車が森に入っていくのが見えた。
「お?」
少年が何かに気が付き、荷物を地面に下ろした。動きの邪魔になる様な物は体から外し、背負っていた長剣を両手に構える。
そこまでした所で遂に敵が姿を見せた。
「Gigiii……Guga!?」
数は1。低い身長に、緑色の肌。人間の様だが、しかし比べるには醜すぎる。
視界の外にあったこの敵を見つけたのは《探査》の力だ。少年の脳内マップには様々な色の光点が表示されている。これによって少年は魔力を持つ生物の位置、そしてその属性を知ることができた。
「──《鑑定》」
ある程度近づいた所で次に《鑑定EX》を発動させる。
《鑑定EX》は対象のステータスを確認できる能力だ。発動するのは《鑑定》と言うだけだから周りにEXがバレることも無い。
さて、この敵のステータスは?
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名前:なし 種族:ゴブリン
状態:普通
Lv. 12 HP1200/1200
MP624/650
【能力】:《棍棒術Lv.2》
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特筆すべき能力は無し。余裕だ。
しかし、念には念を。
「──《平和世界》」
宣言した瞬間、少年を中心として白いドームが発生する。
効果は単純。範囲内では全ての生物のHPが減少しなくなる。代わりに毎秒1のMPを消費するが、他人を救うのに打ってつけのこの能力は少年にピッタリだった。
ダメージを受けないのは自分だけではない。敵が範囲内にいる限り、こちらも攻撃は出来ないのだ。だから次の一手を打つ。
「──《思考加速》」
転生してから今日までの間に手に入れた【能力】、《思考加速》。
その効果により脳の処理能力が上がる。恐らくは前世の最後に体験したことが原因で習得出来たのだろう。
さて、ではこの能力で何が出来るのか?答えは簡単だ。
「Gyaaa!……Gi?」
先ずは一撃を腕で受ける。勿論《平和世界》の効果によってダメージは無い。《平和世界》の特徴として、攻撃側にも受ける側にも反動などの衝撃が来ない。
相手にわざと先制させておけば武器を戻すのに反動を利用出来ず、相手はほとんどノーガードとなる。
そのタイミングに急所へと攻撃出来ればもう勝利。そのための補助が《思考加速》だ。こちらからの攻撃を当てる直前に《平和世界》を解除。
「……フッ!」
《剣術EX》による完璧な剣筋で首を切り落とす。まるで豆腐を切るかの様にあっさりと首が飛んだ。
「ゴブリンか……魔石だけで良いか」
ゴブリンの心臓を切り出し、中から小さな石を取り出す。
小指の先程の大きさで、色は赤黄緑……と様々な色のグラデーションになっている。透明感はほぼ無い為、宝石の様に見て楽しむことは出来ないだろう。
「よし、オーケー。進むか」
少年は剣に着いた血を拭い、鞘に仕舞う。荷物も背負い直して戦闘前と同じ状態になった。
二つの並んだ岩から二羽の鳥が飛び立ち、森の遥か上空を羽ばたいた。
それにしても、と少年は思う。
魔物がやけに少ない。
普段ならもう何度も襲われているほど歩いているのだが、今日は一匹しか姿を見掛けていない。
例の魔物から逃げているのだろうか。
「まあ何でもいいか」
一言呟き、空を見上げた。日がかなり傾いてきている。
今日は森に入る前に野宿することになりそうだ。
平らな場所を見つけ、背負っていた荷物を降ろす。
中から取り出したテントを手早く組み立て、森で拾った薪に魔石で火を着ける。
もう何度もしてきたから手慣れたものだ。
「さて、とっとと寝るか」
明日は森の中を歩かなくてはならない。日が暮れる前に森を抜けられるだろうか。
そんなことを考えながら、テントの中で横になる。
「──《平和世界》」
薄い膜が体を包んだのを確認して、少年は眠りについた。
転生からおよそ15年。少年は一人で旅をしていた。
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翌朝、目を覚ました少年の第一声は【能力】の使用だった。
「《探査》……よし」
脳裏に浮かぶレーダーマップを見て、頷く。
そして眠ったまま使い続けていた《平和世界》を解除した。
「《鑑定》っと。…あー、やっぱMPきついな」
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名前:ショージ 種族:人間
状態:普通
Lv.32 HP:1650/1650
MP:2/3200
【能力】:《回復魔法Lv.2》
《探査Lv.6》
《共通語Lv.5》
《解体Lv.2》
《思考加速Lv.3》
《鑑定Lv.3》
《剣術Lv.2》
【固有能力】:《平和世界》
《鑑定EX》
《剣術EX》
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自身のステータスを確認し、苦笑する。
一晩中《平和世界》を展開していたのだ。いくら眠っている間の回復が早いとはいえ、魔力はすっからかんになっていた。
「今日はMP節約で行くか」
そう呟いた少年──ショージは荷物の中から食料を取り出し、朝食を済ませる。つい最近王都へ立ち寄れたお蔭で、香辛料付きの干し肉がある。
じっくりと味わった後、ショージは森に足を踏み入れた。
何か起こるんじゃないかと、不安を胸に抱きながら。
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結論から言おう。
何も起きなかった。
特に噂の魔物が出ることもなく、ピンチの少女を助けることもなく、ましてや自分の新たな力にめざめることもない。
地面に刺さった聖剣を見つける所か、魔物の一匹も見掛けなかった。
あまり広範囲の《探査》は使えなかったが(長時間集中する必要がある)、少なくとも馬車道の付近には居なかった。
……そんな訳で、
「目的地、到着っと」
まだ日も高い中、目的地──港町レタンに到着した。
さあ、先ずは検問だ。