第零話 少年の願い
少年が目を開けると、周囲は七色の光で満たされていた。いや、正確に言えば七色では足りない程の色だ。その癖してグラデーションでは無くマーブルの様にはっきりと色が分かれている。……正直に言わせてもらえば非常に目が痛い。
果ての見えないこの空間に少年は五体満足で立っている。勿論トラックに轢かれた様な痕跡は無い。不思議そうな顔をしながら周囲を見渡した少年は遂に、その存在に気が付いた。
姿形は小さな男の子。しかしして、その目は全てを呑み込みそうな程に暗く、深い。
「君は……誰だ?」
「神様。そう呼ばれることが多いね。今日は君にお願いがあるんだ」
そう言いながら、神は少年を指差した。
「君にはこれから、異世界に転生して魔王を倒して貰います!何故君かって?それはね──」
「転、生?転生だと?」
大袈裟に手を広げた神の話を、少年は遮る。
「なら……俺は死んだってことか?」
「ああ、そこからね……」
神はため息を吐いた。
「はっきり言うよ。君は死んだ、女の子をトラックから助けようとしてね。そしてその行いは転生の条件に足る物だった」
「条件?……そうか、俺はあの子を、救えたんだな」
今度は少年がため息を吐く。神のものとは違い、安堵のため息だ。しかし、それを──
「救えた?いや、違うね」
神は否定した。
どこまでも残酷に、率直に、簡潔に、或いは無邪気に。
「少女は死んだ。君と同じくね。ただ、君は最後までその子を救うことを願った。諦めなかった。それこそが条件だよ。転生の、ね」
「そん……な、」
これで説明は終わり!とばかりに神は手を叩く。
「まぁ、前世のことなんて一々気にしないでよ。君には来世があるんたから」
「なあ、神サマ。」
「何かな?」
「俺の代わりにあの子を転生させることは出来ないのか?」
少年はあくまで少女に拘る。
それは義務感か、或いは自己満足か。はたまた意地になっているのかも知れない。
「ダメだね」
「なんっ……!」
「だって、もう転生しちゃったんだもの」
「は?」
困惑する少年。それを無視して神は気怠げに説明する。
「何を願ったのか知らないけど……あの子も条件を満たしてたからね。先に転生させといたんだ。もしかしたら異世界で会えるかもしれないね」
「本当か?」
「嘘ついてどうするのさ」
今度こそ本当に安堵した少年を尻目に、神は漸く説明を再開する。
「それじゃ、もう前世に関しては説明しないからね。」
「ああ、分かった。……転生について教えてくれるのか?」
「勿論だとも。まず転生する目的は……もう言ったっけ?まぁ良いや。兎に角、君には転生したら魔王を倒して貰うよ」
「魔王?」
「そう。僕の命を狙って来るんだよ。今はまだ大丈夫だけど、もうすぐ魔王軍と人間軍で戦争になるだろうね。僕に出来るのは対抗の転生者を送り込むか、いざって時に勇者を召喚することだけ」
「なら、まだ『いざ』では無いんだな?」
「まぁそうなんだけどさ……固有能力の《未来予知》は僕が殺されるって言ってるんだよね。もう嫌になっちゃう」
「固有……能力?」
「あ、君も分かんないのか」
神は面倒臭そうに肩を落とした。しかし、
「いや、これでもラノベは沢山読んできたからな。何となくは分かる。マジかぁ…スキル制かぁ……」
少年は固有能力に対して理解を示す。するとこの会話の中で初めて神は困惑した様な顔を見せた。
「うん?分かるの?」
「あれだろ?身体能力上がったり、超能力みたいなの使えるようになる奴」
「大体そんな感じかな。なら説明は良っか」
そう言って一呼吸置く。
「さぁ、楽しい楽しい能力選択の時間です!」
神が宣言すると同時、少年の目の前に黒い板が出現した。
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【能力】 【固有能力】
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白い字で日本語が書かれている。それを見た少年は、
「ああ。そう言う感じか……」
何かを悟った様に呟いて板へ触れた。
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トップ>【能力】
『魔法』 『強化』 『技術』
『耐性』 『職業』 『検索』
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更に『魔法』に触る。
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トップ>【能力】>『魔法』
《火魔法》 《風魔法》 《霧魔法》
《氷魔法》 《光魔法》 《闇魔法》
《回復魔法》
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「水魔法とか無いのか?」
「他の転生者が取ったやつはもう無くなってるからね」
少年の疑問に神は答える。
「あ、一つ言い忘れてた」
「どうした?」
「普通の能力は2つ、固有能力は好きなだけ貸し出し出来るんだけどね……」
「好きなだけ!?」
「勿論制約は付くとも。固有能力は元々『試練』を乗り越えて手に入れる物だ。それをすっ飛ばしてるもんだから、後から『試練』が取り立てに来る」
「……つまり?」
「今ここで手に入れた固有能力の試練が来世で襲って来るってこと。だから取りすぎはオススメしないね」
「成る程……」
少年は一旦納得し、操作を再開した。トップまで戻り、【固有能力】を選ぶ。
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トップ>【固有能力】
『世界』 『異能』 『EX』
『検索』
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「うん。分からん」
少年が額に手を当てて呻く。
「あ、分かんない?それじゃ説明するね」
そう言って、神は話し始めた。
曰く、『世界』とは『魔法』の上位能力である。自らを中心とした範囲内へ継続的な効果を及ぼす。さらに範囲内では対応する属性の魔法の威力が上がる。
曰く、『異能』とは魔力を用いずに『魔法』の様な現象を起こす。
曰く、『EX』とは『能力』を強化した物である。《~EX》と言う名前で、通常の『能力』と違ってレベルが無い。(「普通の能力はレベルあんのかよ……」とは少年の談)
曰く、『検索』とは読んで字の如く検索機能である。名前から能力を探すことが出来る。
「時間はあるからゆっくり選んでよ。困ったらまた聞いてね」
そう言って、神は説明を終えた。
「それじゃ、とりあえず……」
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トップ>【固有能力】>『世界』
《獄炎世界》 《暴風世界》 《白霧世界》
《氷雪世界》 《帯電世界》 《陽光世界》
《暗黒世界》 《迷宮世界》 《平和世界》
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「うん?」
少年は一度『魔法』に戻し、見比べる。
「《雷魔法》、か?無くなってるのは」
「それは秘密ってことで」
「じゃあ《迷宮世界》ってのは?」
「う~ん……効果くらいは話していっか。それはね、範囲内の空間がぐちゃぐちゃに歪むんだ。ちょっとやってみようか──《能力貸出・迷宮世界》」
黒い板から《迷宮世界》の文字が消え、それと同時に神の足元に光の輪が発生する。
黄金に輝く輪は直径10m程まで広がり、魔力のドームが形成された。……尤も、少年はまだ魔力について知らないのだが。
「さあ、適当に歩いてみなよ」
「お、おう。うわぁ……ファンタジーだ」
少年が神に向かって一歩踏み出すと──次の瞬間、少年は神の真後ろにいた。
「うん?どこ行った?」
「こっち。後ろだよ」
「は?……うおっ!?」
驚いて少年が後ろへ飛び退くと、今度はドームの天辺に。と思いきや少し落ちた所で今度は元の場所に叩きつけられた。
「もう良いかな?──《能力返却・迷宮世界》」
一言神が呟くだけで、全ての異常現象は消えて元通りに。黒い板にも《迷宮世界》の字が戻った。
「はぁ……オーケー、分かった。マジで魔法だな。ちょっと真剣に考えるから時間をくれ」
「いつでも何でも訊いてね」
──そして二時間程経過
「ふぅ……これでいいか」
少年の目の前には二枚目の板が。そこにはいくつかの【能力】、【固有能力】が表示されている。
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《回復魔法》《探査》
《平和世界》《鑑定EX》《剣術EX》
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「あれ、三個で良いの?」
「ああ。あんまり試練とやらに会いたく無いし。周りの人巻き込んだら嫌だしな」
「ふぅん……人を助ける能力を選んでるのは良いんだけどさ。何で《鑑定EX》?」
「そりゃ、転生と言ったら鑑定だし……普通の《鑑定》は他の奴に取られてたんだよな」
「は、はぁ……そうなんだ」
神の最終確認は進む。
「それじゃ、もういいね?」
「ああ、頼む」
神は少年の目の前まで近寄ると──少年の胸へ、手を突き刺した。
「はあ!?痛っ、く……無い?」
「仮初めの体だしねぇ。じゃ、始めるよ──《能力貸出》」
神の手が虹色に輝く。
「ぐ、があ"あ"ぁぁぁッ!!」
「あ、これって痛いんだっけ……前の子は平気っぽかったんだけどな」
少し困った様に呟いた。
「まあいいや──よし、出来た」
「う、ん?」
「疲れてるかな。それじゃ、もう転生させるね」
「あ、ちょっと待ってくれ──《鑑定EX》」
「へ?あ、ちょっ、待っ!」
神の前に虹色の板が現れる。
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名前:タヒレ 種族:人間
状態:普通
Lv.347 HP:8750/8750 MP:31690/43350
【能力】:《共通語Lv.10》
《魔族語Lv.10》
《神魔法Lv.10》
《日本語Lv.5》
《魔力回復Lv.10》
【固有能力】:《神》《能力図鑑》《不─
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「《神話世界》解除。はい、覗き見は──」
神の少し慌てた顔。それがこの空間内について少年の持つ、最後の記憶だった。
………………
…………
……
…
「まさか鑑定してくるなんて予想外だったなー」
「ま、これくらいなら問題無いでしょ」
「えーっと──《能力貸出・未来予知》」
「クソッ!まだダメ!?」
「どうしよ?また新しく送る?」
「でもこれ以上能力取られるのはなぁ……」
「あー、取り敢えずは試練を終わらせないと」
「試練の為に魔王が強化されたら堪んないしね」
「いや、その前に──《神話世界》」
「……覗き見はダメって言ったよね?」