Over the party
日常の文学シリーズ①
緑色の養生シートをはがすと、武道館の板張りが露出する。何のことはない。普通の体育館と同じただの床だ。近くにいる同僚と一緒に長いシートを丸めていく。少しでもずれてしまうと修正が面倒なので慎重に少しずつ巻いていく。
ライブのクライマックスでは全ての証明が光輝いていたが、今はもう電球の半分も光っていない。電光掲示板も今は真っ暗だ。立ち見までいた観客席には、ごみを集める清掃員が2・3人いるだけだ。さっきまでの喧噪は抜けきって、機材を運ぶ音やシートの擦れる音しか聞こえない。その音が余計に閑寂とした雰囲気を強めている。今まさにここはライブ会場からただの空間へと変化している。そのことがなんとなく寂しく、優しく心臓を引っかかれるような感覚を覚える。
緑色のシートが少しずつめくれる。少しずつライブが終わっていく。誰かが企画して、誰かが準備して、誰かが楽しみにして、誰かが輝いて、誰かが輝きに心躍らせて、若しくは嫉妬して、誰かがやり遂げて、ついさっき完成したものが、いろんな人の想いが渦巻いていた混沌とした空間が、僕の手で少しずつ終わっていく。ゆっくり首を絞めて殺すみたいに、あるいはアルバムのページをめくるみたいに。ここで「何かがあった」ことを確かめながら。
ふいに世界の終わりを想像した。地球には人っ子一人いなくて、地球はただの空間で、人間がいたころの喧噪が嘘みたいに静まりかえっている。僕は多分苔か何かで、そこから空間を覗いている。徐々に人間がいた痕跡は風化していき、苔がそこら中を埋め尽くす。段々とそこで何があったかは忘れられていく。僕は残り少ない「何かがあった」という雰囲気だけを感じながら世界を自然に戻していく。そうだ、僕は今、世界の終わりに立ち会っているのだ。
「あ、ごめん。次のライブでもそのシート使うから、もっかい敷いといて」
観客席にいる主任から無線で連絡が入った。一緒にシートを丸めていた同僚はやれやれといった様子で丸めた方向と反対に回り込み、シートを蹴っ飛ばした。ゴロゴロと転がりながら緑色のシートが無造作な板張りを覆っていく。すでに次の誰かの想いがこの空間に集まり始めているらしい。またこの空間は会場へと戻っていく。
どうやら、世界はまだ終わらないらしい。