控え室での闘い
冒険者にも女性はいる。
いる、が――結婚や出産で辞める者が多いので、若いうちは腰かけと思われ、軽んじられることが多かった。
東洋人故、年よりも若く見られるのは痛感している。
それでも頑張れば報われると思ったが、今度は成人しても独身でいることで半人前、あるいは出来損ない扱いされた。最初は悔しく思ったけれど、周囲の認識を個人ではなかなか変えられない。いつしか諦めて、雑音だと流すようになった。
だから、恵理は自分が悪く言われることに対してはあまり腹が立たない。
「女に、獣人か」
「前回優勝者のせいで、歴史ある武闘会に誰でも出られると勘違いされてしまった」
「全く、困ったもんだよ」
「…………」
「おい……」
けれど参加者の控え室に入って早々、厳つい男とズルそうな印象の男に聞こえよがしに言われたのには腹が立った。恵理にだけなら良いがレアン、更にガータのことまで悪く言われたからだ。サムエルも不快げに眉を寄せ、反論しようと口を開く。
「強い者であれば、身分も性別も問わない。それが、この武闘会の決まり。そうだろう?」
しかしそんな恵理達と男達の間に、第三者の声が割り込んできた。
言葉『だけ』なら、優しさを感じる。
恵理が、声のした方へ視線を向けると――黒髪に黒瞳、小麦色の肌というアジュールの民らしい色彩の男だった。年の頃は、二十代半ばだろうか? 見た目それなりにハンサムだが、その目は恵理とレアンを見下している。
(私達を庇ってみせて、良い人アピールしたいってことか)
もっとも、言われた二人は「カッコつけやがって」や「白けた」などとぼやいている。色彩は同じだが、特に知り合いなどではないらしい。
良い人アピールが誰向けなのかと疑問だったが、男は満足そうなので放っておくことにする。そして流石に無視も何なので、無言で男に頭を下げてみせた。レアンやサムエルも男の視線に気づいたのか、同様に会釈だけをする。
そんな恵理達に構わず、男はにこにこ笑いながら話しかけてきた。
「武闘会の決まりがあるからこそ、女性だからと言って手加減はしないよ。それは、逆に失礼に当たるからね」
「えっ、手加減って……?」
「もしかして、師匠の対戦相手ってことじゃないですか?」
そして男の言葉に恵理が首を傾げると、サムエルが控え室に貼ってあった対戦表を指差した。見ると一回戦、自分の相手として『カリル』という名前が書かれている。なるほど。『エリ』はこちらでも女性の名前なので、男――カリルは、女性である恵理が対戦相手だと解ったのだろう。
「よろしくお願いします」
まあ、嫌な思いこそしたが表立って悪口が聞こえなくなっただけマシである。
だから、と恵理はカリルに短くお礼を言って人のいない壁側に移動した。そんな恵理にだけ聞こえるように、レアンが話しかけてくる。
「店長……あの男に、ミリーさんの『お守り』が反応しました」
「師匠、俺のもです」
「……そう」
ミリアムの作った『お守り』は、害意だけだとそもそも闘えないので『害意ある魔法』という条件付けをしている。そして魔力は皆が持っているが、魔法を使える者は己の魔力を多かれ少なかれ纏っているのだ。無意識に、あるいは意識して自分の身を守る為にである。だから、高位の魔法使いは同じく魔法使いが解ると言う。
ちなみに恵理は、自分が魔力を纏っていることは解るが他人のはよく解らない。一方、ミリアムは自分のも相手のも解るので『お守り』への付与を思いついたのだろう。Sランクの魔法使いだからこそ、ミリアムの条件付けは完璧だ。
体つきを見る限り、多少は鍛えているようだが――いかにも『魔法使い』だと参加自体が出来ないので、闘えもするし魔法も使えるのだろう。そう言えば、ガータが『魔法剣士』が名前を売る為に参加する者もいると言っていた。
「私達、ツイてるわね」
魔法を使える者は何人もいない筈だ。そのうち二人が闘うのなら、レアンとサムエルに魔法使いが当たる確率はグッと減った。
そう言って二人に笑ってみせると、レアンとサムエルは軽く目を見張り――それからつられたと言うよりは、やれやれと言うように頬を緩めた。




