幸運の神様には前髪しかない
「それは、確かに女神ですね」
「ええ、そうなんです。女神なんです」
「…………」
ティートの話を聞いて、レアンが納得したように言う。それに、我が意を得たりとばかりにティートが頷き――当人である恵理としては、テーブルについている三人中二人がそんな調子なので、反論することを諦めて運ばれてきた果実水を飲んでいた。
「そんな女神が、パーティー『獅子の咆哮』を解雇されたと聞いたので、慌てて追いかけてきたのですが……馬車だった為、追い抜かしてしまったようで。それで、お待ちしていたのです」
「……えっ? 私が解雇されたって、どうして」
昨日の今日、いや、今の話だと昨日のうちに恵理の解雇はティートの耳に入ったらしい。いくら何でも早すぎる、と戸惑っているとティートが種明かしをしてくれた。
「アマリアさんが、教えてくれたんですよ……女神が解雇されたどさくさに紛れて、彼女もパーティーを辞めたそうです。補給に関しては、アマリアさんが取り仕切っていましたからね。付き合いのあった我ら商会に、最後の挨拶をしに来てくれたんですよ」
アマリアとは元冒険者で、結婚後はパーティーの補給係をしてくれていた。ぽっちゃりしていて愛嬌のある彼女は、恵理の大切な後輩であり癒しでもあったのだが。
「そっか……今まで、彼女の厚意でいてくれてたからね。パーティーは苦労するだろうけど、揉める前に辞められたんなら良かった」
「……そういう貴女だから」
「えっ?」
「いえ……それで、実はお願いしたいことがありまして」
「……何かしら?」
聞き取れず、問いかけたがティートはそれには答えず話の本題に入った。気になったが、頑固なところがある彼が話さないと決めたなら、これ以上聞いても駄目だろう。そう思った恵理は内心、首を傾げつつも話の先を促した。
「ここから東にいったところに、ロッコという街があります。以前は魔石が発掘されて賑わっていたんですが、鉱脈が尽きてしまったそうで。何か、魔石の代わりになるものがないかと我が商会に相談があったんです」
魔石とは、魔法を使えない一般人を補助する為の道具である。
リウッツィ商会では魔石は扱っていないが、逆に崖の谷間にあるロッコにルベルの酒や食品を運んでいたらしい。その交流から、藁をも縋る思いで頼られたリウッツィ商会が提案したのは。
「魔石発掘の副産物で、温泉が湧いていたんです。その為、ルベルにあるような大浴場を新しい目玉にしようかと」
「へぇ……」
ティートの言葉に、恵理は感心して声を上げた。
確かにこの辺りでは、風呂文化こそあるが公衆浴場はない。宿もだが、貴族以上も一人分の浴槽があってそれに入るのが一般的だ。
(そう言えば、古代ローマ人が日本の風呂にタイムスリップする漫画があったけど……確かに、ローマには公衆浴場があったものね。)
改めて、イタリア……じゃなくて、ルベルすごい。
そう感心していた恵理に、ティートが本題を切り出してきた。
「それで、お願いと言うのは……女神、ロッコで店をやりませんか?」
「……えっ?」
「多分、貴族以上だと大浴場は好き嫌いが分かれると思うので、主な客は平民になると思います。女神は冒険者を引退したら、田舎で小さな店をやりたいって言ってましたよね?」
「言ってた、けど」
「今回、ロッコの復興は僕に任されているんです。やるからにはぜひ、成功させたい……どうか、協力して下さい」
「……エリさん」
そう言って、深々と頭を下げてくるティートと。
彼と恵理を見比べ、口出しこそしないが期待を込めて見つめてくるレアンに。
(急展開だけどねチャンスの神様には前髪しかないって言うわよね……迷ってたら、掴めずに逃がしちゃう。だったら)
「こっちこそ、ぜひお願いするわ」
「「ありがとうございますっ」」
「……こちらこそ」
決意をし、頭を下げた恵理だったが。
次の瞬間、ティートとレアンが身を乗り出してお礼を言ってきたのに、知らず緊張していた頬を緩めてそう言った。