不安な気持ちは晴れたけど
季節は確か、冬の筈だ。現にロッコの街では、雪が積もっていた。
けれど、恵理が到着したアジュール国には雪がない。夜こそ涼しくなるらしいが、気温も小春日和どころではなく、昼間はむしろ初夏だ。世界は広い。
馬車の外を歩く人達も胸元が開いていたり、ズボンも通気性が良いように裾が広がっている。男性だとベストを羽織って胸元だけ隠し、お腹を出していたりと涼し気である。生地の色や刺繍が華やかなので、日本の物語で読んだアラビア風という感じだろうか。
余談だが、ガータは帝国で一般的に見る格好だったのでどうやって手に入れたか聞くと、冬は寒いと解っていたので市場で古着として売っていた外套などを買ったと聞いた。他の服も、そうやって手に入れているらしい。
(……奴隷として売られた人の、ってことかしら?)
そこで、恵理は考えるのをやめることにした。入手元を考えると微妙な気持ちになるが、確かにこれだけ気温差があるのなら帝国の衣装は必要だったと思うからだ。
「着いたぞ」
「ありがとうございます」
「ガータ様、お帰りなさいませ」
「うむ……客人を連れてきた。風呂と、食事の支度を」
「かしこまりました」
御者となり、アジュール国の首都・ベルデで馬を走らせていたガータが声をかけてくる。
それに恵理がお礼を言って降りると、馬車の中から並んでいるのが見えた四角い、簡素な平屋とは違う、大きな邸宅だった。
玄関らしい場所へと向かうと、使用人らしい女性が数人出てくる。
そのうちの一人に外套を渡しガータが指示を出すと、使用人達はそれぞれ頭を下げた。フードを外し外套を脱ぐことで、ガータの赤茶色の猫耳と同色の揺れる尻尾が露になる。けれど使用人達には、女性だから獣人だからとガータを侮る気配はまるでない。
獣人に対する差別は異世界共通と思っていただけに(ニゲル国は少し違うようだが)それだけ、武闘会の優勝者という肩書はこの国で大きいのだと実感する。
(武闘会目当ての人で、宿に泊まるのは難しいからってお邪魔することになったけど)
内心、恵理達五人が泊まるのは迷惑ではないかと思っていたが、これなら一安心である。
「さて、入るか」
「……えっ?」
「部下も来るので、男女それぞれ浴室を用意している。まずは、長旅の疲れを癒そうか」
「ん。エリ様、行こ」
「あ、ええ」
風呂に入るとは聞いたが、家の主人であるガータと一緒に風呂に入ることになるとは思わなかった。日本で温泉や銭湯に、あと大浴場にも何度か入ったが、招かれた個人宅でとなるとだいぶ勝手が違う。
話の展開に付いていけず、戸惑っていると先に我に返ったらしいミリアムが頷いて恵理の手を引いた。
見ると男性陣も、使用人に促されて邸宅の反対方向へと連れられていく。戸惑いつつも、汗を流せる誘惑には勝てなかったらしい。大人しく付いていくティート達をしばし見送り、恵理もガータ達に付いていった。




