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それぞれが動いていました

 ……話は、前日に遡る。

 グイドに勝負を挑むエリを見て、いつもなら彼女の闘う姿を見る筈のティートが、真剣な表情でクルリと踵を返した。そんな彼の後を追うように、ヴェロニカと護衛のヘルパもまた訓練場を後にする。


「若旦那とヴェロニカ様ぁ? 見ていかなくていいのぉ?」


 エリの集中を途切れさせないよう、ルーベルもそっと訓練場を離れてから二人に声をかけた。それに足こそ止めるが、振り返った三人に戻る気配はない。


「勝つのは女神です。それなら僕は、明後日旅立つ前に女神達を乗せられるような馬車や食料、あと近隣の街や村への大浴場の休業連絡や、アジュールで買い入れをする為の資金を用意しなければ」

「ええ、エリ先生なら勝ちますわ。それならわたくしも、自分に出来ることをしなければ……ティートさん? 大浴場の休業については、帝都でも知らせるのと……改築については先程、決めた通りに我がアルスワード侯爵家からリウッツィ商会に依頼すればよろしいのね?」

「ええ、こちらでも労働者を探しますが……少しでも、早く完成させたいので。僕からも連絡しますが、よろしくお願いします」

「解りましたわ。そうなると……ヘルパ、このまま帝都に帰りますわよ」

「はい、お嬢様。今からなら、帝都行きの馬車に乗れますからね」

「若旦那ぁ? 何で、旅立つのが明後日ぇ?」

「僕の準備もありますが……明日は、女神の店で限定五食のカツ丼を出す日でしょう? その日に旅立っては、ロッコ中の男性に恨まれます」


 眼鏡のブリッジを上げ、キッパリと言い切るティートは何て言うか、本当にブレないなと思う。

 もっとも、ロッコをより良くすることに対してはルーベルも文句なし、むしろどんと来いなので彼もまた動くことにした。


「グルナにも声、かけてくるけどぉ……温泉の汲み上げについては、職人にお願いしてくるわねぇ」



 グルナの店に行く前に、ルーベルが向かったのはドワーフの鍛冶職人・ローニの店だった。かつての鉱山で、発掘中に湧くお湯を汲み上げ、外に出すようにしていたのは彼なのである。

 そんなローニの力を、温泉を二階に汲み上げる為に貸してほしい。そう頼むと、ローニは妻であるアダラよりも赤みのある、茶色の瞳を輝かせた。


「また、あのどんぶり店の姉ちゃんが面白いことを考えたか!」

「そうなのよぉ。それでぜひ、ローニさんの力を借りたくてぇ」

「勿論! むしろ、ただ働きでもお願いしたいくらいだっ」

「アンタっ」

「師匠、落ち着いて下さい! 仕事はいいですけど、無料は駄目ですっ」


 楽しげに宣言したローニを、アダラと弟子であるハールがそれぞれ制止する。そんな彼らを微笑ましく見つめながら、ルーベルは安心させるように言った。


「勿論、お金は払うわよぉ……むしろ、お弟子さんにも参加してほしいくらいねぇ。そうしたら今後、新しく建物を造る時に活かせるでしょ~?」

「いいんですかっ!?」

「お前も落ち着きな、ハール……まあ、無理だろうけどね」


 眼鏡の奥の栗色の目を輝かせ、新しいものに飛びつく似た者師弟を見て、アダラはやれやれというように言って笑った。

 そして料金や図面についてローニ達に頼むと、ルーベルは甥のグルナの店へと行って――どんぶり店の休業中に、グルナの店でどんぶりの一部を出してほしいとお願いしたのである。



 一方、グイドはエリと闘った次の日、蹴られた顎の痛みに顔を顰めつつも、出前の仕事をした。辞めるとエリに約束させられたが、休業する前の一日の仕事はやり遂げたいと言ったからだ。

 最初は仕事の後、グイドはそのまま旅に出ると言ったが――夜に外に出るのは流石に自殺行為なので、ルーベルは朝になってから出るように言った。そうしたら借りていた部屋を掃除し、朝九刻(午前九時)くらいにルーベルに挨拶をしに来た。


「世話に、なりました」


 愛想はないが、それこそ最初は挨拶すらまともに出来なかったのを考えれば、大した進歩である。

 だからそんなグイドに、ルーベルは隻眼を笑みに細めて答えた。


「こちらこそ~。今まで依頼、受けてくれてありがとうねぇ」

「……いえ」


 短く、それだけ答えるとグイドはペコリと頭を下げて一人、冒険者ギルドを後にした。 

 ……向かった先は、グリエスクード辺境伯領である。 

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