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あの日あの時あの場所で

ティート視点

 老舗か有名店でなければ、皇都ではいきなり店を出せない。

 第一歩として商業ギルドに申し出をし、市場でまず露店を開く。リウッツィ商会も――ティートの父も、跡継ぎとなる息子と共に皇都リーラへ来ていたのだが。


「トマテは、毒があるんだろう? そんなものを、よく客に食わせようとするもんだな!」

「それは迷信です。現に我が国では、サラダにしたりスープに入れたり」

「そもそも、そんなゲテモノをよく食う気になったよな! これだから、田舎者はっ」


 トマテは、アジュールからルベル公国に輸入された野菜だ。しかしこの男達の言う通り、確かに最初は毒があると思われて観葉植物とされていたのである。

 だが昔、公国を襲った飢饉により食べるものが無くなり、死ぬならせめて腹を満たして――と食べてみたところ、毒などなく。

 むしろ瑞々しく美味しいと評判になって、そのまま食べたりスープに入れたり、野菜に混ぜて丸めパン粉をまぶして揚げたりしている。

 そんなトマテの美味しさを、他の国にも伝えたい。

 そう思い、まずは使い勝手の良いようにとトマテのソースをアイテムボックスに入れて運び、露店に並べていたのだが――アスファル帝国では、話で聞いたことくらいはあるが未だに食べられていない為、揶揄されたり嫌悪されたりしたのである。


(ひどい……トマテは、本当に美味しいのに)


 内心でそう思いつつも客に責められ、頭を下げる父の横でティートもまた、同じように頭を下げるしかなかった。

 下手に睨んだり、反論すると余計に客を怒らせて騒ぎになってしまうからだ。そうなると最悪、露店を引き払うように言われてしまう。

 せめて、と泣くのだけは必死に堪えていたティートだったが――そんな彼の耳に綺麗な、よく通る声が届いた。


「そんな言い方はないわ。第一、ルベルの麺料理は貴族も食べるご馳走じゃない」

「何だ、お前?」

「乾燥麺がないか、見に来たの。目的は果たせたから、嬉しいけど……ねぇ、店主さん? さっきの話だと、もしかしたら麺にこの……トマテ? のソースをかけたりはしないの?」

「えっ? あ、ああ……って、お嬢ちゃん? そんな食べ方があるのかい?」

「ええ。あと、平パンの上にチー……ケーゼ(チーズ)と一緒に乗せて焼いても美味しいの」


 顔を上げたティートの、視線の先。他の客からの睨みに動じることなく、父に尋ねてきたのはティートより少し年上と思われる少女だった。

 艶やかな黒髪が顎の線で切り揃えられているのも珍しかったが、切れ長の瞳もこの辺りでは見たことの無い黒色である。

 最初は珍しい色彩と端正な容姿に見惚れたティートだったが、次に父同様に少女が口にした食べ方に興味を惹かれた。

 麺料理やパンは、元々は庶民料理だったがかつてのルベル公女が好んで食べ、やがて彼女が皇族に嫁いだことで皇都に、そして貴族にも広まったのである。

 香草やオイル、あるいは貴族だと胡椒をかけるか、スープと一緒に茹でるもので。パンも香草を練り込んだりはするが、トマテソースを使う発想はなかった。


「おい、嬢ちゃん……それは本当に、美味いのか?」


 更に驚いたのは、先程まで彼ら父子に噛みついていた男達が少女の話に興味を示したことだ。

まだ疑ってはいるようだが、貴族も食べるような麺やパンにマズいものは混ぜないのでは、と思ったのだろう。

 そんな男達に、少女はにっこりと笑って言った。


「気になるなら、食べてみる? 乾燥麺があるから、ちょっと待ってくれれば作ってみせるわ」


 そう言うと、少女は乾燥麺を買い取ってアイテムボックスから鍋を取り出し、男達や他の客の見ている前で乾麺を茹で、器に乗せるとその上に鮮やかな赤いトマテソースをかけてみせた。

 それからフォークで麺にソースを絡めると一口食べ、満足したように頬を緩めると同じように麺とソースを絡め、男の一人へと差し出した。


「はい、召し上がれ……あ、同じフォークで大丈夫?」

「お、おう」


 毒見とまでは言わなくても目の前で作られ、しかも少女が食べて笑顔を見せたことで警戒心は薄れたようだ。ソースが絡んだ麺を口に運び、次いで大きく目を見開いて。


「うっ……ま!」

「本当かよ!?」

「ちょ、俺らにも食わせろって!」


 そう言って更に二口目を、しかも先程よりも麺を多く取って口に運んだ男に他の男達が声を上げる。そして、先程まで馬鹿にされていたトマテのソースがかかった麺が、一転して取り合いされるのにティートが呆然としていると。


「ないものを作り出したら、チートだけど……あるものを使うのは、別にチートじゃないわよね」

「……えっ?」

「ううん……それより、店の前で勝手に試食させてごめんなさい」


 少女の呟きがよく聞こえず、ティートが聞き返すと――彼女は笑って、首を横に振り。それから、ティートの父へと頭を下げた。


「いやいや、とんでもない! 助かったし、おかげで良い宣伝になったよ……むしろ、せっかく買ってくれたのに悪いことをしたね」

「とんでもない。トマト……じゃなくて、トマテは本当に美味しいから。これで、リーラでも食べられるようになったら嬉しいわ」

「お嬢ちゃん、嬉しいことを言ってくれるね。他には、気になるものはあるかい?」

「そうね……あ! これって魚醤!? あと、ルベルの野菜で気になるものがあるんだけど」


 鮮やかに状況を好転させ、更に大人である父と楽しそうに話す少女にティートはすっかり感服した。

 しかも彼女が教えてくれた食べ方はどれも美味しく、それを商品の使い方として広めたところ商会は有名になり、ついには皇都で店を、更にその料理を食べられる居酒屋を開くまでに至った。

 その後、少女(十三、四歳くらい)だと思っていた彼女――エリが、既に成人している女性だと知って驚くことになるのだが。

 ……誰よりも美しく賢くて優しい彼女は、ティートにとって崇め奉るべき『美と食の女神』なのである。

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