え、何か思ってたのと違う?
ルーベルが恵理の手を引っ張って向かったのは、大浴場――その一階奥にある、従業員の控え室だった。
「ごめんなさ~い? ちょっと良いかしらぁ?」
「えっ……ギルドマスター?」
「ちょっと待って下さいっ」
ドアをノックし、外から声をかけると部屋の中から慌てたような声がしてドアが開いた。
開けたのは大浴場の従業員で、無料馬車で訪れた者達を案内している三人のうちの一人・ドリスだ。黒髪を、時代劇の女剣士のようにポニーテールにしている彼女の向こうでは、少し垂れた目尻や仕種が色っぽいテレサが、お茶のカップを持ったまま戸惑った眼差しを向けてくる。あと一人、三つ編みが可愛らしいメアリは、いないところを見ると休みだろうか?
「あぁ、逆にごめんなさいねぇ? 休憩時間でしょう? 座ったままで良いから、ちょっとだけお時間頂けるかしらぁ?」
「「はい……」」
「お、お邪魔します」
「いえいえ、あ、椅子どうぞ」
「ありがとうございます」
ロッコの街を管理しており、更に彼女達に接客やマナーを叩き込んだルーベルの登場に、ドリスとテレサの表情が引き締まる。
そんな二人に恐縮しつつも、恵理もルーベルについて控え室に入った。案内後の休憩だったのか、今いるのはドリスとテレサ二人だけだ。
そんな彼女達がルーベルと恵理に椅子を薦め、それに恵理が頭を下げ――全員が席に着いたところで、ルーベルは口を開いた。
「実はねぇ? 大浴場の改築と、その間の休業を考えてるのよ~」
「っ!?」
いきなり暴露したルーベルに、恵理はギョッと目を見張って彼の顔を見た。そして、おそるおそるドリスとテレサに目をやると。
「……改築? 何かあったんですか?」
「そうなのよぉ。貴族用の温泉や宿泊施設も、作れって~。あ、領主様やお嬢様じゃなくて他のお貴族サマなんだけどぉ」
「あぁ……それなら、改築は必要ですね」
「そうですねぇ……ドアも、別々にした方がいいんじゃないですか? 鉢合わせしたらお互い、気まずいですし」
「そうよねぇ、住み分けは大事だからぁ」
ドリスの問いに、ルーベルが答える。
そうするとドリスと、二人の話を聞いていたテレサが頷き、ルーベルも右手を頬に当てて答えた。
もう少し慌てたり、騒いだりするかと思っていた為、戸惑う恵理の前で三人は話を続ける。
「お客様が増えるのは、嬉しいですから……ただ、期間ってどれくらいです? その間、無給だとちょっと」
「大丈夫! 一ヶ月くらいの予定だけど、こっちの都合だからその間のお給金は払うわよ!」
「良かったぁ……って、すみません」
「いいのよ~。むしろ、当然だわぁ」
ドリスからの質問にルーベルがそう返すと、テレサが安堵の声を上げた。思わず本音を零したのに慌てるが、ルーベルはむしろ面白がるように笑って答える。
(……反対されるかって、思ったけど)
冷静に受け止められたのに、恵理もまた安堵した。何気ない思いつきだったが、少なくとも大浴場は迷惑にならないようだ。
……だが、しかし。
「それでねぇ? エリの店も、改築しようかって……」
「「えっ!?」」
さらりとルーベルが言った途端、ドリスとテレサが声を上げてこちらを見たのに――恵理はついつい背筋を伸ばし、ドキドキしながら相手の言葉を待った。
 




