胸の中の空ろ
ティートが、カツ丼を好きだということは知っていたつもりだった。けれどまさか大浴場の改装の話に、恵理の店の話まで出してくるとは思わなかった。
だが、しかしである。
(店の改装ってことは)
その間は、店は開けないだろう。揚げ物が大丈夫なように、換気口などを変更するのだから。それこそ異世界なのだから、一日二日では終わらないだろう。
(開店前とか、てんさいやこんにゃくはレアン達が取りに行ってくれたから良かったけど)
今更だが、異世界に来てから何日も続けて休んだことはなかった。アレンが亡くなってからは、一日の休みすら珍しいくらいだった。
……だからこそ、田舎でのんびりスローライフを送りたいと思っていたが。
(せっかく、居場所を見つけたのに……そんなに休んだら、呆れられない? 見捨てられない?)
『獅子の咆哮』が解散した時、レアンやグルナ、サムエル達に励まされて、新たな居場所を手に入れたと思った。思った以上に好かれていて、だから簡単に嫌われる筈がないと頭では解るのだが。
(いや……解っていたら、こんなに不安にならないか)
己の胸中に自嘲しながらも、恵理はその不安を顔に出さないように笑ってみせた。
「ティート? 気持ちは嬉しいけど……改装するとなると、店を休まなければいけないでしょう? 申し訳ないけど、私はそこまでしてカツ丼を作る気はないわよ」
「女神?」
「他のメニューだって、あるんだし……それに、そう。そうだわ」
そして、ティートにそう言ったところで、恵理は更に気づいてしまった。
「一から作るよりは早いとは言え、大浴場も改装中は休業になりますよね……せっかく今、街興しは軌道に乗っているのに。そこで長期に休んだら、ロッコに迷惑がかかりますよね?」
「……エリ先生」
「ヴェロニカ様、申し訳ありません。後先考えず、思いつきで言ってしまいましたが……私の店もですけど、大浴場も長期間休むなんて許されませんよね?」
「女神……」
「……もう、エリ~?」
不安がどんどん大きくなるのに、必死に取り繕って言葉を続けると――不意に、ルーベルの大きな両手で、恵理の両頬は包まれた。そして驚き、固まった彼女の顔を覗き込むように、ルーベルが口を開く。
「そんなに無理して、引きつり笑いなんてしないのぉ。一体、何が不安なのぉ?」
「……ルビィさん」
「なにかしらぁ?」
「お客さんの美味しいって喜ぶ顔は……好きです、安心します」
「えぇ」
「ここにいて良いって言われてるみたいで、安心します」
「そうねぇ」
「でも、だからこそ……お客さんに、迷惑をかけたくありません。失望させたく、ありません」
隻眼と言葉に促されて、気づけば恵理の口からポロポロと本音が零れ落ちた。
「……ちょ~っと、いらっしゃ~い?」
そんな恵理を、しばしジッと見つめると――ルーベルは頬から手を離す代わりに、恵理の手を取って部屋から連れ出したのである。




