何気ない思いつき
侯爵家の別邸は、帝都の富裕層の屋敷と基本、同じだ。一階は応接室や会議室、宴を行なうことを想定した音楽室兼食堂のある社交の場。そして二階を、自室や客室という生活の場として使っていた。
大浴場に改装するに辺り一階は浴室と脱衣所、そして休息所やリンスなどを買える売店を用意した。しかし二階は貴族向けの部屋や家具の為、下手に手をつけられずそのままにしていたのである。
「エリ~? 部屋は良いとして、大浴場は?」
「貴族の方だと他の方と入るのに抵抗がありそうですから、浴槽は個別でも良いかなと……でも、普通の宿みたいにお湯を二階に運ぶんじゃなく、お湯を汲み上げて水のように自由に使えるのはありそうでなくないですか?」
「はい、先生。ありません」
ヴェロニカが、真剣な眼差しで頷く。
「……水みたいに、二階にぃ?」
「えっと、二階に洗面台とかトイレはありますよね? その水みたいにお湯を汲み上げれば、二階でも大浴場が作れるんじゃないですか?」
「……そうねぇ。確かに魔石の鉱山で、お湯を汲み上げて外に出したりしてたわ」
ルーベルも、同じく頷いている。何気ない思いつきだったので、前と横から向けられる真剣な眼差しに恵理はたじろぎながらも話を続けた。
「確かにお湯を汲み上げる配管を、改めて作るのは大変だと思います。ただ、それでも……一から建物を作るよりは、早く出来るんじゃないですか?」
「その通りですわ、先生」
「良かった……それに、帝都ではまずお湯を沸かすところから始めなくてはいけませんけど、ロッコではすでに温泉が湧いています。だから、二階でも配管さえ何とかすれば一階のように、好きな時に温泉に入れます。それは、貴族の方々に喜ばれるんじゃないでしょうか?」
言いながらも、火属性の魔石を使えばボイラーもどきも出来るのではないかと思ったが、それを言うと話が逸れそうなので恵理は口にしなかった。そんな彼女の話に、ヴェロニカだけではなくルーベル達も真剣な表情で耳を傾ける。
そして、ヴェロニカが恵理の手を両手で包み込むように握り込んだ。
「先生、ありがとうございます。光明が見えました」
「女神、流石です。専門の労働者達に確認しないと正確な日付は解りませんが……確かに、建物の改装であれば年単位ではなく一ヶ月から二ヶ月くらいで出来ると思います。材料や労働者は、我が商会の力で用意出来ます」
「やったわねぇ、エリ!」
「すごいことを思いつきますね」
すっかり乗り気になったヴェロニカの言葉を後押しするように、ティートやルーベル、ヘルバも口々に言う。
よく解らないが、役に立てて良かったと思ったところで――不意にティートが何かに気づいたように息を呑み、キッと顔を上げて恵理に向き直った。
「女神!」
「はい?」
「女神の店も、一緒に改装しませんか?」
「……えっ?」
「改装したら、カツ丼も気兼ねなく作れますよね?」
思いがけないことを言われて、恵理はパチリと目を丸くした。
そんな恵理に、ティートは眩しいくらいの満面の笑みでそう言ったのだった。




