そりゃあ、仲が悪いよりは良いけれど
とりあえず悪目立ちしたままなのも何なので、恵理はこの場から移動しようと思った。
すると、そんな恵理の考えを読んだのか「僕の泊まっている宿に来て下さい。積もる話はそこで」と提案してきた――両手を組み、跪いたままで。
「案内して」
「はいっ」
それ故、彼を地面から立たせる為に恵理はそう言った。
そして嬉々として歩き出した青年に付いて行き、おそらくだがこの街の中でも最上級だろうと思わせる宿の一室に到着する。
そこで三人分の軽食と飲み物を用意させ、従業員を下がらせると――彼はまず初対面であるレアンへと名乗った。
「初めまして。僕は、ティート。リウッツィ商会長の息子で現在、会長秘書を務めております」
「え、あ、あの」
リウッツィ商会とは皇都で唯一、ルベル公国の食材や調味料などを扱っている店である。
恵理がティエーラに来た当初はなかったが十年ほど前にまず市場で、そこから評判になって店を開くようになったのだ。
そんな名高い商家の出とは知らなくても、マントとフードで隠しているが獣人である少年としては、こんな丁寧な対応は取られたことはないのだろう。途端にワタワタするのを宥めるのに、恵理は口を開く。
「ああ、気にしなくて……は、無理かもだけど。この子は基本、誰にでもこんな感じだから」
「聞き捨てなりませんね、女神。商会の会長秘書として、誰に対しても頭を下げることは致しません。ただ、女神が連れている方なら敬意を払わなければ」
「そんなっ……俺は単なる従業員で、しかもこんなんなんで! 本当、お気遣いなくっ」
彼――ティートの言葉にいたたまれなくなったのか、レアンはフードを脱いでその銀色の犬耳を見せた。けれど、ティートがレアンの言葉に「おや、そうですか」と賛同することはなく。
「僕の、女神への想いを見くびって貰っては困ります」
「はい?」
「あなたが獣人だろうと、それこそ魔物だろうと……女神が認めたのなら、僕も敬意を払うのみ」
「……ティート。そもそも、その女神呼びはやめてって言ってるでしょう? 私は、年増の冒険者。あなたにそんな風に呼ばれるような、大層な人間じゃあ」
これを恵理が言うのは、初めてではない。しかし、ティートは何度言っても譲ろうとせず――けれど、今回はレアンもいるのでどさくさ紛れに言ってみたのだが。
「……女神」
「っ!」
「他ならぬ女神のお言葉でも、どうかそればかりは……っ」
そう言って、ハラハラと涙を流して否を訴えるティートに恵理は内心「またかー!」と頭を抱えた。
毎回、このティートのガチ泣きに勝てなかったのだが、まさかレアンの前でもやるとは。
「エリさん、ティートさんを泣かせないで下さいっ」
「えっ?」
「いいじゃないですか、女神! それくらい、エリさんが素晴らしいってことですよ!」
「そうなんです! そう、初めて会った十年前から、女神は本当に素晴らしくてっ」
「…………えっ?」
そして何故かティートの肩を持つレアンに、恵理が唖然としていると。
途端に潤んだ目を輝かせて、ティートが笑顔で彼と恵理との出会いを語り出したのである。