持ちつ持たれつ
異世界にも、新聞はある。そして、写真はないがイラストがつくことはある。
けれど、王族や貴族については記事にまではなっても、イラストはほとんどつかない。描くにはそもそも当人を見る必要があるし、下手に書いて揉めるのを避ける為だ。
平民が貴族以上の顔を見るとなると皇族や王族の婚姻時、パレードなどのイラストや、そういうおめでたい時に出回る肖像画でくらいである。
つまり、平民は誰も貴族の顔を知らない。当然、ヴェロニカの顔も知らないという訳だ。
「ですから、わたくしが無料馬車に乗っていても気づかれませんでしたわ」
「お嬢、そこで威張らないで下さいよ……むしろ、訳あり感満載な我々をソッとしてくれた、同乗者の皆さんに感謝して下さいね?」
「うっ……解っておりますわ!」
胸を張りドヤ顔で言ったヴェロニカだったが、護衛のヘルバが突っ込みを入れると途端に気まずそうに口ごもった。相変わらす、言いたい放題な主従である。
(ミリーが家を出た後、ヴェロニカ様の護衛についたって聞いたけど)
ミリアムから普段、ヴェロニカは鎧を纏うように強気な令嬢として振る舞っていると聞いた。けれど、ヘルバには発言を許しているし素を見せている。単に主従ではなく、もっと近しい間柄なんだろう。
「ごめんなさいねぇ。今日はミリーちゃん達、お仕事なのぉ」
「異母姉からの手紙で、聞いております……無事であれば、何よりですわ」
「そ~お? あ、立ち話も何だから、座って座ってぇ」
そんなことを考えていると、ルーベルとヴェロニカが言葉を交わし――その内容に、恵理は内心申し訳なく思った。
ミリアムとしては家を出たからこそ、ヴェロニカにもっと手紙を出したかった筈だ。しかしアレンが亡くなってからは冒険者パーティーでの仕事が増え、手紙を書く時間も取れなかったと思われる。
ちなみに今日の仕事は魔物討伐で、休みの日なのでグイドも一緒に行っている。でも毎日ではないからか、定期的に手紙を送っているらしい。
(そう考えると……今日こそ仕事だけど、ミリーにも時間の余裕は出来たのね)
まあ、そのせいで魔石作りに没頭してしまったのだが――そこまで考えてこっそりため息をつきながらも、恵理はヴェロニカと共に来客用のソファに座った。ティートも二人の向かい、ルーベルの隣に腰かける。
そして、最初に口を開いたのはヴェロニカだった。
「エリ先生達については、ルーベル様から引き抜きに困っているとお聞きしています。我がアルスワード家と契約していることにして、引き抜きが止まるならいくらでもお使い下さい」
「……いいの? 大丈夫?」
「ええ。勿論、わたくしの独断ではなく父も了承しています。ロッコ(ここ)は我が領地。そこに住まう方々が、快適に過ごす為なら喜んで……あ、だからと言って無理なことを押し付ける気はありませんので!」
見た目は相変わらずライバル令嬢だが、隣で力説するヴェロニカは本当に良い子で可愛い。
ただ確かに自分達は助かるが、他の貴族や商人に目をつけられている今、自分達を引き受けて貰うと彼女に迷惑がかかるのではないだろうか。
そう思い、恵理がすぐに頷けずにいると、ルーベルが片頬に手を当てながら言った。
「ヴェロニカ様にその気がなくてもぉ、ここは持ちつ持たれつで行きましょう?」
「えっ……?」
「元々、ここに来るつもりだったってことは、何かあるんでしょう? しかも、お嬢様が無料馬車にまで乗って……仮にも王太子様の婚約者候補が、ねぇ?」
「それなら……私達に出来ることがあったら、喜んで」
ルーベルの言葉に、恵理も頷いた。
平民の自分にどれだけのことが出来るか解らないが、少しでも出来ることがあるのなら全力で協力したい。
「流石、女神……」
とりあえず、両手を組んで感動しているティートについてはスルーすることにしよう。




