食べて泣いて笑って
タイ米は、それだけだと簡単におにぎり状にはならない。反面、だからこそすぐパラパラになるので、チャーハンに適しているのだが。
そんな訳でグルナは味噌を酒で溶き、タイ米に混ぜてつなぎにして握った後、フライパンで焼いたそうだ。
「食べた瞬間、味噌の味が広がるのも良いし……おこげも、美味しい」
頬張ったおにぎりを噛み締め、飲み込んだところで恵理はしみじみと呟いた。そして次にゆで卵を食べ、白身と黄身それぞれの美味しさを味わった後、魚醤でしっかりと味つけがされた唐揚げを食べる。
「……っ!」
口の中に広がる肉汁と旨味に、声にならない声が上がる。いや、正しくは美味しさを逃がしたくなくて口が開けない。
けれどほうれん草のポタージュの入った容器には、流石に突っ込まずにはいられなかった。
「……丼鉢?」
「ああ、アダラさん……ローニさんの奥さんが、陶芸家なんだよ。おろし金のアイデアのお礼がしたいって言うから、お言葉に甘えて作って貰った。店だと蓋はいらないけど、これだとこうやって持ち運び出来るだろ?」
「ちょっ!?」
「とは言え、俺の店は洋食屋だから……よければこういうの作って貰って、恵理の店で使ってみたらどうだ?」
「……ありがとう、頼んでみる」
柔らかい乳白色のそれは、皿と言うよりボウル――いや、ずばり丼鉢だ。そして同じ陶器の蓋がついているので、大きく揺らしたり振り回しさえしなければ持ち運び出来る。
ありそうでなかった容器に、グルナがあっさりととんでもないことを言う。相変わらずのやらかしぶりに呆れつつも、確かに店で同じ食器を使うと良いかもしれない。
そう思考を締め括り、蓋を開けると途端に湯気が上がった。それに気持ちを切り替えて、スープを口に運ぶ。
「……あー、ホッとする」
素材の味をしっかり活かした温かいスープに、たまらず頬が緩む。
それから食べ終えて「ごちそうさま、美味しかった」と手を合わせた恵理に、グルナもまた口を開いた。
「美味いか」
「? ええ」
作った本人から聞かれて、戸惑ったのは一瞬だった。美味しいは正義である。
それ故、迷わず頷いた恵理にグルナが話の先を続ける。
「それと、同じだって……あ、さっきの話な。俺が何考えてたとか、そういうの関係なく美味いだろ?」
「あ」
「あんたは、周りによく見られるように行動したって言うけど……周りは、その行動自体に救われたんだろうし。あとな? そもそも、ガキが『居場所』を守りたいのは当たり前だろ? それで幻滅する奴がいたら……ありえねぇけど万が一、億が一いたら俺に言え。身体強化した足で、蹴り飛ばしてやるから」
「グルナ……」
小さい子供に言い聞かせるように、そう言って笑いかけられたのに再び、涙腺が決壊した。
目の前でぼろぼろ泣き出した恵理に、グルナが慌ててズボンから何か取り出すが――そこで、ガックリと肩を落としつつも随分とクシャクシャのハンカチを差し出してきた。
「悪い、こんなのしかなくて」
「ううん、ありがと……でも、何でまた、泣かせんの?」
「俺のせいかよ!? あんたがそれだけ、いっぱいいっぱいだったんだって……飯も食ったし、あとは寝るなり風呂入るなりしてサッパリしろ!」
「ん……」
随分と雑に話を締め括るグルナがおかしくて、皺だらけのハンカチで目元を押さえながらも思わず笑みがこぼれる。
と、そこで恵理はあることを思い出した。
「……あ、そうだ、前世の名前」
「えっ、今!?」
「うん」
「あー……真悟。真実の真に、悟るな」
「ありがと、真悟……」
そこで、恵理は何かに引っかかったように眉を寄せた。そして、申し訳なさそうに言う。
「ごめん。聞いておいて何だけど、真悟よりグルナの方がしっくりくる」
「あんたなっ……まあ、でも確かにこの赤毛で真悟ってのも何だしな。ヤンキーどころじゃねぇし」
恵理の言葉に、グルナがツッコミを入れて――けれど、すぐにやれやれと言うように笑ってくれた。
※
「それでぇ? 決まったかしらぁ?」
「はい」
翌日、開店前に恵理は一人で冒険者ギルドに来てルーベルと対面していた。
そして頷いた後、恵理は苦笑いをして肩を竦めた。
「とは言え、よく考えたら私が決めるって言うのも何か違う気がするんですけどね。リーダー……グイドが来るのは、止めませんよ。もっとも、あっちが私に会いたくないと思いますけどね」




