悲しい時こそ大事なことがある
今まで、無意識に目を逸らしていた感情を爆発させて――思い切り泣いて、すっかり疲れ果てた恵理は二階の寝台へと運ばれた。
ちなみにグズグズになった恵理を、横抱きで運んでくれたのはルーベルである。流石に着替えまではしなかったが、イケメンでマッチョでオネェと色々盛り盛りな彼は面倒の見方まで完璧だ。
……もっとも、そのまま寝てしまったので恵理の瞼は腫れ、頬がむくんでしまっているが。
(悔しかったりで、涙目になったことくらいはあるけど……あんなに泣いたのは、この世界に来てから無かったわね)
それ故、顔はひどいことになっているが気持ち的にはスッキリしている。
とは言え、このままだと心配されそうなのでタオルを水で濡らし、瞼や頬を冷やしていると。
「おはようございます、店長」
「おはよう、レアン……ごめん、朝ご飯ちょっと待ってくれる?」
部屋のドアの向こうから、ノックをして声をかけてきたレアンに返事をする。普段は恵理が先に起きて賄いを作っているのだが、今日は寝過ごしてしまったようだ。
けれど、そんな恵理にレアンは思いがけないことを言った。
「あの、グルナさんが『デマエ』を届けに来ています」
「えっ?」
デマエ、つまりは『出前』ということか。
そんなサービスをしていると聞いたことはない。それ故、中身が何か気になったが泣き腫らした顔を見られるのも気になる。
だが、恵理が躊躇したのは一瞬だった。
「解ったわ。今、すぐに支度して降りていくわね……あ、お腹空いてたら先に食べてて」
「いえ……あのっ」
グルナには比較的素を出していたが、ここはレアンにも取り繕うのをやめようと思った。どうせ昨日、恵理が大泣きしたのを見られているのだから。
それ故、そう答えた恵理に逆にレアンの方がしばし口ごもった後(見えないが)身を乗り出す勢いで言った。
「俺達、店長のご飯が一番ですけど……グルナさんのご飯も、美味しいと思います! だから美味しいものを食べて、店長がやりたいようにして下さいっ」
「レアン……」
「失礼します!」
それだけ言うと、レアンの足音が遠ざかっていった。
けれど階段を降りる気配はなく、逆に隣の部屋のドアが閉まる音がしたので、一階にいるだろうグルナと二人きりにしようとしてくれたのだと気づく。
(ティートと二人で、リーダーと……グイドと会うのを、反対したのに)
だが彼らはそのことは押しつけず、更に泣き疲れて眠った恵理を気遣ってかグルナに朝食を届けてくれるよう頼んでくれた。確かに外で、知り合い以外に見せられる顔ではないのでありがたいばかりである。
(本当、ありがたい)
だから素を見せて、幻滅されたら完全にではないにしろ、再び信頼して貰えるように頑張ろうと恵理は思った。
(今の自分はロッコ(ここ)で、皆に支えられてるんだから)
そして泣き腫らした恵理の顔に驚くグルナに、己の決意を告げると――しばし黙った後、気まずそうに頬を掻きながら言い返された。
「まあ、恵理がそうしたいなら止めないけどさ……あんたが思ってる程、幻滅とかはされないと思うぜ?」
「えっ?」
「だって、恵理の周りの奴らってあんたの『行動』に惚れ込んでるだろう?」
「それって……」
「まあ、まずは食え。あ、レアンの分は別に渡してるから遠慮せずに食えよ」
グルナの言葉に困惑すると、彼はそんな恵理に店の椅子に座るよう促し、テーブルに持ってきたバスケットを乗せて中身を取り出した。
……そこには味噌の香りのする焼きおにぎりと、ゆで卵に唐揚げ。そして、ほうれん草のポタージュが入っていた。
触ったらまだ温かいそれは、作りたてなのだろう。冷ましたら、むしろ罪だ――そう思い、恵理は素直にグルナの言葉に従うことにして焼きおにぎりを頬張った。




