幸運だと思える出会い
サムエル視点
彼に親はいない。気づいたら貧民街にいた。ただ、赤ん坊ではすぐ死んでしまっただろうから、多分、物心つくかつかないかの頃に捨てられたのだと思う。それが慈悲か、己の罪悪感を軽くする為だったかどうかは不明だが。
善悪の判断からではなく小柄で非力故、すぐ捕まってしまうので窃盗などは出来ず。ただ薄汚い浮浪児を雇う物好きもいないので、帝都中を歩き回って残飯を漁り、夜だけ貧民街に寝に戻る生活をしていた。
そんな彼が、冒険者という職業を知ったのは十歳くらいの時のこと。
出自や経歴を問われないと知り、これだと思って冒険者ギルドに向かった彼だったが――登録出来るのが十二歳からと知り、ガックリと肩を落とした。しかし、逆に言えば断られたのは年齢に対してだけだ。
(それまでに、登録の時に書いて貰う名前を考えよう)
彼は字を書けないが、受付嬢が代筆してくれると聞いた。
そう思い、気を取り直してギルドを後にしようとした時である。
「ねぇ、もし働く気があるのなら……私を、手伝ってくれない?」
最初は、自分にかけられた言葉だとは思わなかった。
だが、声の主は彼に近づいてきてしゃがみ込み、目線を合わせて言ったのである。
「詳しいことは、ご飯でも食べながら……どうかな?」
夜のような、影のような、真っ黒な髪と瞳。
ひどく綺麗な少女だが、それ以上に魅力的な誘い文句に――何か言うより先に、彼の腹の虫が盛大に返事をした。
※
獣を、そして素材になる魔物を狩る時、サムエルはミリアムに頼む。それは、魔法で倒して貰った方が肉や毛皮が損なわれないからだ。
ちなみに獣のような魔物もいるが、その肉は食べられない。魔物は魔力が多いので、食べて魔力を取り込めるのではないか――昔はそう思う者もいたらしいが、自分以外の魔力を取り込む場合、相性が悪ければその『異物』を取り除こうと、嘔吐や下痢を発症する。リスクが高すぎる為、魔物の肉は食用にすることが禁じられているのである。
話が逸れたが、あまり傷をつけたくない場合にはミリアムに頼む。
……つまり、手加減が必要ない場合はサムエルの出番という訳だ。
「ぐぇっ……!」
「ちょ、待て……がっ!?」
「待つ訳ないだろ、寝言は寝て言え」
言いながら、サムエルは鞘にさしたままの大剣で二十人はいそうな男達の顔や腹を、次々と殴って倒していく。おかげで鞘だけ交換する頻度が高いが、殺すまでいかない場合はこの使い方が楽なのだ。
今日のサムエル達の仕事は、盗賊達の討伐である。
どうやらロッコの繁栄と、あと立地条件(谷の間の街なので、確かにアジトに適している)に目をつけたらしい。サムエルとしては、理解は出来るが共感は全く出来ない。
「仕事がなくて、盗賊になったなんて単なる言い訳だ。選り好みして、楽な方に流れただけだろうが」
怒りの為、普段の笑みは消えてぼやく声も低い。
畑でも畜産でも、それこそサムエル達のように冒険者でも――やろうと思えば、何だって出来るのだ。それなのに盗賊になり、しかもエリの頑張った結果を安易に奪おうなんて冗談じゃない。
「サムが頑張った結果よ」
出会った後、名前をつけて貰った(ただ、自分には勿体ない気がして、普段は愛称で呼んで貰っている)上に、パーティーの見習いとして育てられ――運が良かったと言ったサムエルを、エリはやんわりと訂正した。
「諦めないで、自分で決めて冒険者ギルドに来たからよ。そうじゃなければ私達、そもそも会えてなかったもの」
「師匠……」
それは半分正解で、半分間違いだとサムエルは思う。
確かに、きっかけは冒険者ギルドに行ったことだが――そこで、エリと出会えたからこその幸運だからだ。
(そんな師匠の頑張りを奪おうなんて、冗談じゃねぇ)
そう思い、目を据わらせるサムエルに不意に声がかかる。
「サム」
「止めるなよ、ミリー」
「まさか……ただ、鞘を魔法で強化させて? 馬鹿は痛い目をみないとだし、思ったより数が多い。途中で壊れたら、面倒」
盗賊達が逃げないように、魔法で結界を張ったり倒した者を拘束してくれているミリアムがそんなことを言う。
本当に全く止めず、更に鞘を魔法で強化してくれるという相棒に――サムエルはパチリと緑の目を見張り、次いでニッと笑った。
「やっぱ、ミリーは最高の相棒だ!」
アリアンローズ様にて、書籍化して頂けることになりました。皆様のおかげです。ありがとうございます!




