予期せぬ襲撃
グイド視点
その魔物――ギーヴルは、沼や湿地に住んでいる。
額に宝石の目を持ち、コウモリのような羽を背に生やした、巨大な蛇。毒の息を吐く為、這い出てくる時に草は見る間に枯れる。そして、その鋭い牙で人や獣を喰らうのだ。
とは言え、普段なら人里離れた住処から出てこない。だからお互い、住み分けが出来ていたのだが。
……そんな魔物と街道で遭遇するということは、例の慶事に向けて冒険者が雇われ、ギーヴル退治をしようとして失敗したということだろう。
(最悪だ……どうせなら、そっちに雇えよな)
内心でぼやきつつも、グイドは街道に這い出てきたギーヴルを見る。
今回のグイドの仕事は、北の辺境伯領から帝都に向かう隊商の護衛だった。国同士の交流はさほどないのだが(山脈で隔たれている為)敵国という訳ではなく。しかもニゲル産の宝玉や布は珍しく美しい為、どれだけ高価であっても需要は絶えない。おそらくだが、例の婚約者候補達に売りつけるつもりで仕入れたのだろう。
あるいは、そんな商人達が襲われないようにと言うのもあっての、魔物退治だったかもしれないが――逃げられて、当の隊商と鉢合わせては台無しである。
(まあ、前向きに考えよう……こいつを倒せば、報酬の上乗せもあるだろう)
金は、いくらあっても良い。
そう自分に言い聞かせて、後退る商人や護衛達の中、グイドは前に出た。とは言え、毒で攻撃されてはたまらない。
「押さえろ……風圧」
風魔法で圧力をかけ、まず自分や他の者達を攻撃しないようにする。
無詠唱とまではいかないが、最低限の詠唱で魔法を放った彼に、一般的な詠唱しか知らないらしい周りから驚愕の視線が向けられる。
(実戦で、チンタラやってられるか……あのババアは、もっと短かったけどよ)
嫌なことまで思い出し、浮かんだ面影を振り払うようにグイドは次の呪文を唱えた。
「切り刻め……風刃」
「グウゥッ……」
風魔法で切り刻まれ、血を流したギーヴルが風魔法での圧力に耐えられず倒れる。
グイドがそんなギーヴルに短剣を抜いて近づいたのは、額の宝石をくり抜く為だ。討伐の証拠になるのと同時に、高く売れる。だが、ギーヴルが死んでしまうと宝石は劣化してしまうので、取り出すなら生きている間だけなのだ。
……勝利を確信していたからこそ、グイドには次の展開が予想出来なかった。
「ギャッ……グアァッ!」
「っ!?」
ギーヴルが咆哮を上げ、身をよじって風圧を跳ね除けようとする。
そうされたことで、ギーヴルの血が飛び散り――息同様に毒であるそれを腕や頬に浴び、焼けるような痛みの為に一瞬、けれど確かにグイドの集中力が途切れた。
「グワァッ!」
「ぐぅ……っ」
刹那、風圧も途切れたのか、ギーヴルがグイドの左肩に噛みつく。
噛みつかれた痛みだけではなくその息から、更に密着することで血から毒を浴びて気が遠のく。このままだと死んで、ギーヴルに喰われる――などと冷静に考えられた訳ではないが、無事だった右手はいつしか短剣を掴む手に力を込めていた。
それから振り上げて、ギーヴルへと何度も何度も突き刺す。
「ガァッ……グアッ、グッ、グワ……ッ」
短剣を振り下ろす度に声が上がり、反比例するように肩に食いつく力が抜けていく。
やがて声が途切れ、巨体がその場に崩れ落ち、動かなくなったところで――グイドもまた、毒と怪我により意識を手放した。




