すき焼き、どーん!
出来上がってまもなく、ヴェロニカ達が大浴場から戻ってきた。
髪を下ろし、目元が少し柔らかくなった(どうやら、化粧で強調していたようだ)姿はひどく可憐だと思う。とは言え、縦ロールとメイクでしっかりドレスアップした姿も美しいし、どうやら彼女にとっての戦闘服のようなので口出しするつもりはない。
「温まりましたか?」
「ええ……」
だからそれだけ声をかけて微笑み、湯上がりの水分補給の為に水で薄めたりんごジュースを差し出す。これはこの世界に来てからの飲み方だが、慣れると飲みやすいしそのまま飲むより体に吸収されやすいのだ。
そんな恵理の対応は、正解だったらしい。ホッとしたように頬を緩め、ヴェロニカは希釈したりんごジュースに口をつけた。
そして一息ついた面々の前に、恵理はすき焼き丼を並べていった。
初めて見る料理に、ヴェロニカが紫色の瞳を真ん丸くする。
そんな彼女の前で、毒見兼味見として恵理はスプーンですき焼き丼を口に運んだ。
「うん、美味しい」
久しぶりどころではなく、何年も前に今回のルーベルのように依頼の報酬として牛肉を貰って一度、食べたきりだ。
そしてリーク(西洋ねぎ)は少し太いのと、日本のねぎよりまろやかな感じはするが恵理も知っている味だし、糸こんにゃくも同様である。逆にいくらメモを渡して教えたとは言え、初めて作ったのにここまで出来たレアンはすごい。
(ただ、薬作りに近いって言ってたし……ミリアム同様、料理を作ることにはこの子もあんまり関心ないのよね)
そんな訳で今のところ、レアンには給仕だけで無理に調理までさせるつもりはない。そして、いよいよひよこ豆の豆腐である。
(豆の味が濃い……見た目は絹ごしだけど、食べた感じは木綿豆腐かな? あと、何か全体的な雰囲気がごま豆腐)
サラダの具材にしようと思ったという、グルナの気持ちがよく解った。それでも十分豆腐だし、にがりを使わずに出来る辺りは本当にありがたい。
(いずれはニゲルで、大豆の豆腐があるか探したいけど……もしかしたら北だから、甜菜やこんにゃくもあるかも)
とは言え、すぐには行けないのでしばらくはこのひよこ豆の豆腐を、味噌汁の具材として使いたいと恵理は思った。あと、ワカメのような海草――は、難しいかもなのでひとまずスピナ(ほうれん草)を一緒に入れると良いかもしれない。
そんな恵理を見てヴェロニカはおそるおそる、ヘルバはティート達のように嬉々としてすき焼き丼を食べた。
「まぁ……! 牛肉だけでもすごいのに、何て柔らかいの!?」
そう一声上げたかと思うと、ヴェロニカは満面の笑顔ですき焼き丼を食べていく。
昔、糸こんにゃくを入れることで肉が固くなるという説があったが、母は単に長く火に通すとどんな肉でも固くなると力説していた。だから最後に入れたのだが、無事に成功したらしい。
(豚肉は、しっかり火を通さないとだからこの方法は使えないけど……事前にお酒とか、玉ねぎにつけておくと柔らかくなるのよね)
「ってか、この甘さ! お嬢の為とは言え、奮発したんじゃないですか!?」
「実は、通常より安く砂糖が入手出来そうなんです。ただ、まだ準備段階なので……しばらくは、どうかご内密に」
そして甜菜砂糖の甘さに驚くヘルバに、ティートが微笑みながらも口止めする。とは言え、どんぶりへの感想も忘れない。
「これが、女神が食べたいと言っていた豆の加工品ですか……味もですが、食感も優しくて良いですね」
「自画自賛かもですが、この糸こんにゃくもツルツル入っていって美味しいです、店長!」
「ありがとう。そして本当に美味しいわよ、レアン」
「師匠! 俺達までご馳走になって、ありがとうございます……ってか、このリーゾ(米)とかかってる汁、すげぇ合う!」
「……ん、リーク(西洋ねぎ)も味しみしみで、美味し」
今回の功労者の二人は勿論だが、サムエルとミリアムもしっかり味わって食べている。
やっばり牛肉パワーは、そしてより美味しく食べられるすき焼きはすごいと思う恵理だった。
 




