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お風呂で姉妹で語ります

ミリアム視点

「……~っ!」

「気持ちいい、でしょ?」


 昼間ということもあり、大浴場にはあまり人はいなかった。

 熱いお湯に入った途端、ヴェロニカがギュッと目を閉じながら口の端を上げる。それにミリアムが尋ねると、ヴェロニカはコクコクと頷いた。

 一晩、馬車に揺られたヴェロニカに、恵理が大浴場に入ることを勧めた。元冒険者として疲労もだが、体も冷えていると察したからだろう。現にミリアムの視線の先で元々、白いが少し青ざめていた頬がジワジワと赤く染まっていく。

 いくら湯浴み着を着るからとは言え、貴族の令嬢が一人で大浴場に入るのは抵抗があるだろうと、ミリアムも一緒に行くように言ってくれたのだが。


「初めて、ね」

「えっ?」

「こうして、一緒にお風呂に入るの」


 貴族の家にも風呂はある。

 ただし、一緒に入るかというと否だ。身分が高くなればなる程、各部屋に浴室も用意される。だからいくら家族でも、こうして共に風呂に入ることはなかった。


「……帝都では、はしたないと言われるかもですが。わたくしは、たまには良いと思いますわ」

「ニカ……」

「まあ、帝都の皆様も今のわたくしを見て『アルスワード家のいばら』とは思わないでしょうね」


 笑いながら紡がれたのは、貴族社会で語られているヴェロニカのあだ名である。

 勝気で傲慢に『見える』彼女だが確かに今、目元をより強調する化粧を落として髪を洗い、縦ロールがストレートになって心身ともにほっこりしている彼女を見て、同一人物だと思う者はいないだろう。

 ……ヴェロニカが、いばらと呼ばれる言動をするようになり。

 ミリアムが、心を許した者にしか話せなくなったのはそんな貴族社会のせいだった。



 ミリアムの母は平民ですらなく、帝都に来ていた旅芸人の歌い手だった。

 そんな母がいくらミリアムを産んだとしても、侯爵である父の正室になどなれる訳がない。むしろ父の両親からは、ミリアムの母が『生きている』時から正室を持つよう言われていたらしい――そう、ミリアムを生んだ後に産後の肥立ちが悪く、亡くなったので母の顔は肖像画でしか知らないのだが。

 だから、ミリアムが『お母様』と呼ぶのはヴェロニカの母だ。

 亡くなってからも、周りにいくらうるさく言われても、ミリアムの父は再婚しようとしなかった。そんな父を口説き落としたのが、妹のように可愛がっていたヴェロニカの母である。


「奥様を好きな、あなたが好きよ。そんな相手、わたくし以外には見つからないわ」


 貴族としても年下の女性としてもありえないが、歌い手の女性を本気で愛し続けた父も貴族としてはありえない。

 そんなありえない二人が意気投合して結婚し、ヴェロニカが生まれた。華やかな美女だったが、ミリアムも実の子のように可愛がってくれた――ミリアムが十二歳、ヴェロニカが九歳の時に流行り病で命を落とすまでは。


「子供達を残して亡くなるなんて、可哀想に」

「でも、あの方はあまり母親らしくなかったから……今度は、娘達のお手本になるような淑女が良いのでは?」


 義母が亡くなった途端、周囲は再び父に再婚を薦めてきた。しかも暗に義母を非難し、ミリアム達を口実にして。


「可哀想なんて、そんな……」

「いいえ、可哀想なのよ。今度のお母様は、もっと優しくしてくれるわ」

「お母様は、優しくしてくれま」

「可哀想に、騙されていたのね」


 妾の子であるミリアムが何を言っても、周囲の人間に遮られて否定された。

 父親に気づかれないように何度も、何度も親切ぶってそうされるのにミリアムの心は折れた。話すこと自体に恐怖を覚え、自分の部屋に閉じこもるようになった。

 そんな異母姉に代わり、ヴェロニカは金髪をコテで縦ロールにして立ち向かった。


「お父様、新しいお母様なんていりませんわ。お母様以上に気高く、美しい方なんていないもの」


 幼いながらも、母譲りの美貌のヴェロニカにそう言われては反論出来ない。

 こうして周囲を黙らせることに成功した異母妹だったが、引きこもるミリアムに話を切り出す時は不安そうだった。


「ごめんなさい、お姉様……一緒にいたいけど、お姉様が傷つくのは嫌」

「……私も。私のせいで、あなたやお父様に迷惑をかけるのは、嫌」


 泣きじゃくりながらも、姉妹は互いに気持ちを伝えた。

 そしてミリアムは冒険者となって家を出て、ヴェロニカは彼女なりに家や領民の為に頑張っている。



「うん、たまにはいい……だからまた、来てね」

「……お姉様」

「温まったら、エリ様の店に行こ? 美味しいご飯が、待ってる」

「ええ!」


 亡き母親譲りの紫色の瞳を、嬉し涙に潤ませながらも――それを笑みに細めて、ヴェロニカはしっかり頷いた。

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